「君、全然家事できないよね」
夜、料理ができずともせめて皿洗いくらいはしろと駆り出された台所で鵺が話しかけてきた。話しながら、鵺は私が洗った皿の水を丁寧にふき取り棚にしまっていく。相変わらず鏖とは思えない行動だ。手下を働かせて自分は玉座であぐらをかくというのが、人類の脅威としての正しい姿だろうに。
「そりゃそうだろう。する必要がなかったんだから。というか逆に鵺ともあろう存在がなんで料理できるんだ。私達に人間のような食事は不要だろう」
「隙あらば酒とつまみをかっ食らっている君に言われたくないね」
洗った茶碗を手渡す。鵺は非常にテキパキとした動作で皿を片付け、あまつさえ私の皿洗いに割って入ってきた。「遅いから一緒に洗っちゃうね」だそうだ。どうやら私は人類の脅威よりよっぽど人間が下手らしい。
数多の屍の上に、私は存在している。十を救えるのであれば一を殺すことに躊躇いのない人間達に使役されてきたのが私だ。種の中では殊更に人間と近いはずだが、それ故に、人ではない化け物として人に扱われることに慣れすぎた。私の役目は呪いであり、魚を開くことでもホワイトボードを持ってくることでもない。なんか思い出したらムカついてきたな。
「活動範囲が狭いと娯楽もその分狭いんだ。人間を模した舌がついているのであれば、おいしいものを食べようとすることに情熱を注ぐ時期だってあるさ」
「お前の部屋にギチギチに詰まったゲームの類は娯楽じゃないのか?」
鵺の部屋はかなり人間じみている。古今東西のゲームや漫画が並べられた部屋は人またはそれに似た種を退屈させることがないようにできていた。軟禁状態ということさえ除けば非常に快適な暮らしができるだろう。……古今東西というには些かサブカルに寄りすぎているおかげで技のネーミングセンスが何とも言えないことになっているが。日本の大妖怪なんだからカタカナのルビを振るな。
「ずっと同じ遊びをしていたら飽きるだろう? 料理だって飽きて何も作らない時期が数百年はあったさ。ふるまえる人が増えたからまた頑張ってみようかなと思うけど」
つまり私はこれからも鏖の台所仕事を手伝う羽目になるのか? 若干げんなりしたところで食器が無くなった。御役目御免、人間としての仕事はこれで終わりだ。
「私が今一番やってみたいことを知ってるかい? みんなでディ●ニーランドに行くことだよ」
鵺は相変わらず話かけてくる。そんなに話が通じる同族が増えたことが嬉しいのだろうか。それにしてもディズ●ーランドとは。勿論知っているし何のために存在する施設なのかも把握しているし勿論行ったことはない。幻妖である私達はこの町から出られない。藤乃家云々以前の問題だ。
「君にグー●ィーの耳を付けるのが楽しみだ」
「待て、なんで私も行くことになってる?」
「当たり前じゃないか。君は代葉ちゃんの保護者なんだから」
自然の摂理と同等の当たり前の事象みたいな口ぶりだった。何か反論してやろうと思ったが、私が代葉の保護者の役目を担っていることは最早隠しようがなく、それこそ、自然の摂理に反論ができないのと同じように私は口を閉ざすしかない。……私の役目は呪いであり、子守ではなかった。なんだ、私もちゃんと人間の真似事をしていたのか。
「それで、遊び目的とはいえどうやって一時的にこの町から出るつもりなんだ」
「それはいい感じに考える!」
「お前なぁ……」
呆れと笑いが混じった乾いた空気が自分の口から漏れ出る。なんだかちょっと楽しみにしている自分に気づいて、たまにはそんな気分になってもいいかと前向きに考えた。
∴真似事