※2024年4月執筆。ソールオリエンス、タスティエーラ、ドゥレッツァを想起させる表現があります。


 放課後、人が居なくなっているはずの教室に二つの影があった。一人、鋭利な目付きを隠そうともせず、自身を凶暴に見せることで他者との交流を避けようとする少女。もう一人、この世界には馴染まない、まるで宇宙からやってきたかのような不思議なオーラを纏う少女。やや暗くなった室内はパソコンの画面を一層に強調させ、そのまばゆさに負けじと宇宙人の少女は熱心に画面と向き合っていた。
「すごい。この子、ネオユニヴァースと、“通信”ができるよ」
「そりゃそういう仕様にしたンだからな。ちと面倒だったが」
「Parcaeの、昨日の“ごはん”は、“数式アプリ”だったんだって」
「お前何聞いてンだ!? そんでテメェも何答えてンだ!?」
 貸せ! そう大声を上げてエアシャカールはネオユニヴァースからパソコンを取り上げた。そして自身が作成したレース用の予測アプリ『Parcae』に試験的に導入したチャット機能を調べる。
「冗談を学習させたのか?」
「ネオユニヴァースは、Parcaeとの“通信”……楽しい。楽しいを『伝える』したら、『もっと面白いことをします』、返ってきた」
「あー……、ジョークを求められてると勘違いしたのか」
 どうやらエアシャカールは納得したようで再びパソコンの画面をネオユニヴァースに向けた。ネオユニヴァースが話す言葉は難解だ。しかし法則性はある。それを機械に学習させることで鋭い視点を持つネオユニヴァースと思考を共有すること、ついでにParcaeに搭載しようとしているチャットAI機能の試運転を行うことがエアシャカールの目的だった。
「ユニヴァース、ここまでのフィードバックあるか? 気づいたこと、不便なこと、くだらないことでもいい。データにする」
 自身のパソコンを指差しながらエアシャカールはネオユニヴァースに問いかける。ネオユニヴァースはしばし頭を30度傾けて思案の体勢をとっていたが、少し経つと言葉を見つけることができたのかおずおずと口を開いた。
「Parcaeは、ネオユニヴァースと同じモノを、“観測”してる……かもしれない」
「お前が度々話してる宇宙の話か」
「そう。ネオユニヴァースの“宇宙”を、Parcaeは“観測”できる」
 例えば。そう言ってネオユニヴァースはチャット欄に文字を打ち込んだ。来年のとあるGIの勝者を教えて欲しい。常人であれば無理だと笑い飛ばす質問に、しかしParcaeは当たり前のように返答した。
「お前もこの結果を導いたのか?」
「『導く』……じゃない。『見た』。ネオユニヴァースの“宇宙”で」
 酷く不可解で超常的な話は、一見論理的思考の正反対に位置するように聞こえる。しかしエアシャカールは少女の言を鼻で笑うことはせず、自身のパソコンを引き寄せると改めてネオユニヴァースに向き直った。
「……いくつか質問する。答えられる範囲でいい。お前が見た光景を描写しろ」
 「馬場状態は?」「何人立てだった?」簡素な質問が次々とネオユニヴァースに投げかけられる。「良」「16」それらにネオユニヴァースは短い単語で即答した。まるで本当にそのレースを見てきたかのように。いや、実際に見たと言って差し支えないのだろう。これらのデータをParcaeに食わせれば自分達だってきっと未来のレースを“見る”ことができる。ネオユニヴァースの視界は、それと同じようなものだ。
「でも、時々“NIZR”……『見えにくい』に、なる」
 不意にネオユニヴァースが口を開く。
「“FOBN”……『見えなくなる』こともある。そう、“新星”は、特に。……例えば、あの子。あの子の“宇宙”は、つねに“ボイド”……」
 そう言って窓の外を指さす。その先にはキタサンブラックを慕うとあるウマ娘がいた。デビュー前から話題の彼女だが、試しにParcaeに聞いてみても原因不明のエラーを吐き出すだけだ。
「オレはイレギュラーを歓迎する。お前は?」
「アファーマティブ。ネオユニヴァースも、“肯定”するよ」
 二人の会話に呼応するようにパソコンの画面が一瞬光り、チャット欄に「同意です」の文字が表示される。それを視認したエアシャカールはうげっと嫌そうな顔をしてディスプレイから目を逸らした。反対に、ネオユニヴァースは楽しそうに文字を打ち込む。
『“ICWT”。『ワクワク』、だね』
『はい。“貴方も”楽しみましょう』
 画面の向こうの、更にその向こう側にいる存在に話しかけるように一人と一機が会話を続けている。その横でエアシャカールは窓の外、キタサンブラックとサトノクラウンとドゥラメンテによる併走と、それを応援する三人のウマ娘を眺めていた。Parcaeが途中からエラーを吐き出す三人は、今はただ無邪気に憧れの背を追っている。
 学園屈指の頭脳と謳われる彼女達も万物を見通すことはできない。彼女達ですら導き出せぬ知覚し得ない不透明な未来は漫然と学園を、そしてレース場を覆っている。我々は、それがたまらなく楽しみなのだ。


∴神も知らない物語


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