「そういえば、団長の父親は星晶獣を殺せるというのは本当か?」
むせた。そりゃもう盛大に飲み物を吹き出した。穏やかな午後の一幕である。自由解放されている食堂の片隅で一人本を読んでいるナタクを見つけたので休憩のお喋りに付き合ってもらおうと隣に座ったのだ。「今日人少ないね」そう当たり障りのない話題を振ったはずだった。
「……誰から聞いたの?」
「エニュオからだな。エニュオはアテナから聞いたと言っていた。アテナは……そうだな、メドゥーサから聞いたんじゃないか?」
頭痛がした。確かにメデューサには自分の父と星晶獣の関係について話したことがある。そうだ、あの時はただなんとなく当事者である星晶獣の誰かに話を聞いてほしくなって、星晶獣の知り合いとしては古参のメドゥーサに話を聞いてもらったのだ。メドゥーサは真剣な顔をして聞いてくれたし、巨大な力に困惑する僕の気持ちに寄り添ってくれた。ただ最後に「その話、ナタクには聞かせない方がいいわよ」と忠告をくれたのだが、当時の僕は意味がわからないまま頷くことしかできなかった。たった今わかったけど。
ちょっとばかしメドゥーサが恨めしくなったが、メドゥーサにとっても重い話であることに変わりはないし、それならと信頼を置けるが距離が近すぎるわけではないアテナに話を聞いてもらおうと思うのは自然なことだし、アテナはアテナでエニュオに手を焼いているのだから牽制のためにこのことを教えたことを責めることなんてできないし、エニュオとナタクは戦闘狂のせいか意外とウマが合うものだからこうなるのは最早必然だったのかもしれない。よっぽど眉間にしわが寄っていたのだろうか。ナタクが「メドゥーサにも似たような顔をされたな」と朗らかに笑う。誰のせいだ、誰の。
「……一応確認するけど、なんでいきなり僕にその話したの」
近くに人がいないことを確認してから声を潜めて問いかける。何もやましいことなんてないはずなのに、なんだか悪いことをしているみたいで妙にバツが悪かった。ナタクはちょっとばかし戦闘狂だったり天然だったりで危ういところがあるけれど、頼れる仲間であることに間違いはない。はずなのに、その“ちょっと危うい”部分に触れるのはあまりやりたくなかった。ナタクが時々口にする「終わり」。一体何を終わらせたいのかについて全く気づけないほど僕は鈍感ではない。
「どうしてって、頼み後をするからには事前に依頼をするのが筋というものなのだろう?」
苦い顔をしていたと思う。ナタクは当たり前のように僕がどんな感情になったのか気づかなかったようだけれど。終わり。つまり生命としての死。人間である僕にとっては本能に刻まれた最も大きな恐怖。終わるのはもちろん、終わらせるのだってどうしようもなく怖いに決まっている。それを僕に依頼したいらしい。「これでも人間社会には随分慣れたんだ」と得意げに話す様はやはりどうしようもなくズレていた。
人から、僕から、ズレたまま、ナタクは朗らかに話を続ける。
「『終わり良ければ総て良し』、だっけか。良い言葉だな。団長が俺を殺す日を楽しみにしていよう」
どう考えてもそんな晴れやかな笑顔で放つ言葉ではないだろ。そう言いたいのをぐっと堪える。ナタクが僕たち人間のことがわからないように、どうせ僕も星晶獣のことはわからないのだから。
∴他殺依頼