私が生まれて初めて心の底から嬉しいと思った光景は死体が横たわる様でした。口に出すのも忌まわしい悪夢のような男が息絶えたと聞いた時、私の心は正に天にも登るかのように舞い上がったのです。実物の死体を見て、触れて、その冷たさに震えた私を、使用人はどうやら祖父を失った哀しみと勘違いしたようでした。お気を確かに、お嬢様。その慰めの言葉は私には届きません。だって私は歓喜に打ち震えていたのですから!
それが酷く醜い心であると知ったのは間もなくのことでした。
彼は東京からやってきたと言いました。人当たりのよい笑みを浮かべながら私に話しかけわざわざ恩を売ることに一片の疑いも持たなかったといえば嘘になります。けれど私の心は高鳴りました。たとえそれが打算だとしても、私に優しくしてくださったのは事実なのですから。
私は浮かれました。その心持ちを誰が責めることができましょう。私は大人に優しくされたのはあれが初めてでした。トウキョウの響きは私の脳を痺れさせるには充分でした。空想が空想を呼び、憧れの地は私が思い描くままの理想郷となります。貴方のおかげで、閉ざされていた未来に一筋の希望が見えたのです。それが蜘蛛の糸であるとも知らずに私は懸命にすがりました。……糸は、すぐに千切れました。
私は浮かれていたのです。自分の立場を、そして有り様を忘れるほどに。
二度目に見た死体に私の心は踊りませんでした。私が望み、私が作り出したものであるにも関わらず。とっさに男を殺した時、私は己におぞましき悪霊が憑いていることに気付きました。最初こそ己にべっとりと付き纏うそれを振り払おうと躍起になりましたが、夜が明けようとする頃にはすっかり受け入れるほかありませんでした。本当は分かっていたのです。私はあの時とっくに忌まわしき血族達と同じ場所まで堕ちていたのですから。私は死に喜びを見出しました。その醜い心は、醜いものを憑りつかせるには充分だったのです。
けれども、私はあの時既にこの身を持って知ることができていたのです。この世には、憎き人間が死ぬ以外にも楽しきことがあるということを。蜜とは、人の不幸だけではないということを。時はあまりにも遅かったのですが。
嗚呼、嗚呼! 貴方ともっと早く出会っていれば! あの男がくたばるよりも前に貴方がこの村を訪れていれば! 私の初めての喜びは! あんな汚い死体ではなく貴方の笑顔であったのに!
所詮蛙の子は蛙。人でなしの子は人でなしだったということでしょう。私は疲れました。じきにこの身も人ならざるものとして朽ちるでしょう。だから、最後にお願いがあるのです。私を恋人のように扱ってほしいのです。手を繋いで、お喋りをして、一歩一歩、寄り添いながら歩いてほしいのです。フリで構いません。騙してほしいのです。何せごっこ遊びをしている間は、沙代はまだ、人であれるのですから。
∴蛙の子