どさりと地に落ちた音は重く、息切れのように吐く息は細い。やや青ざめた顔は罰を求めているように見えたけれど、それは契約上かなわないことだった。
「お疲れ様です。見事な手際でしたよ」
 夜の人気のない森の中に乾いた拍手はよく響く。杞憂に終われば良かった心配は現実へ。外傷なんてどこにもないけれど、目と口を無様に開けたまま眠る人間なんてどこにもいるはずがないわけで、つまりこのピクリとも動かない塊は死体ということだった。分かりやすいスプラッタではないので大丈夫かもしれないと任務前は思っていたが、どうやらこの子は全うに優しい子であるらしい。
「殺した……アタシが……」
 宇宙人でも見るかのように自分の拳を眺める彼女を他所に、目当ての物品を回収する。ついでに目当てでないものも回収する。それなりに腕の立つ盗賊であったから収穫もそれなりだ。
「フィオリト氏、任務はまだ終わっていませんよ。後処理も貴女が主体となってください。今回は任務兼研修なんですから」
「あ、うん……わかってるよラヴィリタ……」
 死体のように生気がない返事とともに彼女はフラフラと森をさまよう。こういう時は魔物に襲われたように偽装するのがセオリーだ。森に死体が放置されていたとして、その首元が鋭い牙によって抉れていればそこに疑問を持つ人はほとんどいない。
 けれど彼女はとある大木の前に蹲るとスファライをはめたままの手で地面を掻き分け始めた。爪の間に土が入るのも構わず、せっかく綺麗なままだった両手を汚していく。彼女が土葬をしようとしているのにラヴィリタはすぐに気が付いた。驚きなどしない。むしろ彼女らしい選択だとすら思う。
 通常、死体を埋めることは万が一見つかった時に他殺の疑いが掛けられるため推奨されない。それを理解しながら、ラヴィリタは彼女の行動に口を挟むことはしなかった。一つ目はここが人がほとんど踏み入ることがない深い森であること。二つ目にこの盗賊が仲間を持たない完全な個人主義であったこと。そして三つ目に、彼女の意思を尊重したかった。
 何時間が経ったのだろうか。ようやく大人一人を埋められる穴が開いた時、太陽はとっくに昇っていた。顔を上げてようやく時間の経過に気づいたらしい彼女は狼狽をあらわにしてラヴィリタを見る。
「ごめん、なさ、」
「反省とお説教は後です。さっさと運びますよ」
「えっ、あ、うん……」
 キビキビした動作でラヴィリタは傷一つ無く横たわる盗賊の足を持ち上げる。足だけとはいえ、ハーヴィンの体にヒューマンの成人男性の重さはズシリと響いた。『はやく』声には出さずに口だけを動かして未だ躊躇いを見せるフィオリトを急かす。恐る恐るといった体で盗賊の上半身を持ち上げるフィオリトの瞳には依然として恐怖と贖罪の色が滲んでいて、この優しい子が殺人を厭わなくなる日が来ようが、罪を抱き続けることとなろうが、どちらにせよ残酷だなと将来を憂いた。
「ラヴィリタは強いね」
「『強い』のではなくただの『慣れ』ですよ」
 死体を埋め終えて元通りとなった平和な森でフィオリトに話しかけられたので、ラヴィリタはなんてことはない風を装って返答を返した。昔のことは、努めて思い出さないようにしながら。


∴はじめてのさつじん


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