「預言者業務は順調かい?」
 夏の終わり、まだまだ暑いグラウンドの端の太陽に焼かれた観客席の椅子に座り熱を発するパソコンを膝の上に乗せながら、涼しい顔でキーボードを叩くウマ娘にアグネスタキオンは声を掛けた。 グラウンドには複数のウマ娘達がトレーナーと共にトレーニングに励んでいて、その中には彼女と懇意にしているウマ娘の姿もある。声を掛けられたウマ娘、エアシャカールは鬱陶しいとばかりに舌打ちをすると睨みつけるようにタキオンを見上げた。
「邪魔だ。どっか行け」
 冷たい反応が返ってくるがそんなことは日常茶飯事だ。タキオンは遠慮なくシャカールのパソコン画面を覗き込み、そこに記録されている数値と、そしてこれから行われるレースの予測を読み取る。相も変わらず乱暴に並び建てられた数式はただ一つの解を示していた。一着も惨敗も、それが運命であると言わんばかりに。
「勝手に見るンじゃねェよ」
「冷たいなぁ。共同研究をした仲だろう?」
「ちょっとデータを貸しただけだ。オメーの研究に付き合った覚えはねェ」
「そういえばあの時の研究結果は君の役に立ったかい? メールに添付したっきり感想を聞くのを忘れていたよ」
「チッ。それなりにな」
 席を立とうが付きまとい、パソコンを閉じようが「暑いねぇ」だなんて首筋に汗を垂らしながらも側を離れようとしないタキオンにとうとう観念して、シャカールは屋根のある席に移動して隣にタキオンを座らせる。ようやくお目当てのデータをゆっくりと見聞する権利を得て、タキオンは食い入るようにパソコンの画面を見つめた。
 そこにあるのはきっと残酷と呼ばれる未来予測。まるで崖のような急落下の後、一着の文字はほとんど見当たらない。それと同時に自分の考察との答え合わせも行う。……概ね外れてはいない。タキオンはパソコンからシャカールに視線を移し、更に彼女の目線を追った。汗水を垂らしながらも楽しそうに練習に励む観察対象は、この小さな機械にシミュレートされた運命を知っているのだろうか。
「気は済ンだかよ」
 シャカールは有無を言わさずパソコンを取り上げると何やら数値の入力を始めた。どうやらタキオンが感心している間にもしっかりデータは取っていたらしく、手元にはストップウォッチアプリを起動したスマホが握られている。
 「数は正義だ」と彼女は言う。異論はない。天気予報にしろ災害予測にしろ、この世で未来を予測するものは膨大な過去のデータを基に導き出されるものだ。数が多ければ多いほど、それは神の御言と見分けがつかなくなる。
「あの子にとって君は女神様の御使いだねぇ」
 ギロリとシャカールの鋭い目がタキオンを睨んだ。
「さっきも預言者がどうとか言ってたが、変な例えをするのがオメーの最近のブームなのか?」
「ブームというか素直な感想だよ。感心と言い換えてもいい。私としては褒め言葉のつもりだったんだが」
「誰があんなクソ女神の指示に従うかよ」
 吐き捨てるような勢いと共に乱暴にパソコンが閉じられた。グラウンドを見れば対象は己のトレーナーと何やら話し込んでいる。こちらの会話があの子に聞こえることがないように、あの子が何をトレーナーと話しているのかなんてタキオンには分からない。
「けれど預言者というものは敬虔な信徒であると相場が決まっているものだろう? 彼女がこれから辿る運命を既に知っている君は立派な預言者だと思うけれど」
 トレーナーとの話し合いも終わったのか、クールダウンに入った彼女の顔は晴れやかだった。きっと有意義なトレーニングを行えたのだろう。それを見ていると彼女の凋落を予見する自分達はまるで悪役のような気がしてならない。決して彼女の不幸を望んでこの結果を導いたのではないと、それこそ女神に誓って言えるけれど、当の女神が黒幕である可能性を否定することは自分には出来なかった。
「ハッ! じゃあなんだ、テメーが走れなくなることを知りながらその通り走るのを辞めたお前も立派な預言者様だな」
 データは取れた、ならもう用は無いとばかりにシャカールはタキオンに背を向けてグラウンドを立ち去る。夕暮れの熱気の中に取り残されたタキオンはタイツ越しに自分の脚を撫でた。そこが痛みを訴えなくなって久しいが、同時に最高速でターフを駆け抜けたことも遠い記憶になろうとしていた。
「……運命の女神に中指を立て続けられる君を羨ましく思うよ」
 かつては自分も笑顔で駆け回ったはずのグラウンドを冷ややかに見つめる。何度繰り返しても変わることのない結末を受け入れたのは何度目のシミュレーションだったか。サンプルを集めて実験を繰り返して、理想の走りを追求することが自分に出来る最適解だと信じていた。追求の先に与えられるものがハッピーエンドばかりではないと、そんなことにも気付かないで女神の預言を無邪気に信じていた。もうずっと、ずっと昔の話。
 ターフを駆けることが出来なくなって随分経つというのに実験とサンプルの収集は未だに辞めること出来ていない。これが模範的な預言者としての行動なのか、はたまた反逆のための準備なのか、その未来予想図はまだ見えていなかった。


∴Fxxk off goddess!


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