『素直になれないお年頃なの』
 街頭、雑踏、やたらと人の多い駅前で、名前も知らない誰かが歌っている。ふと足を止めてみたら、キラキラした衣装を身に纏って踊る女の子の内の一人が俺に手を振った。無反応は何だか気まずくって、軽く会釈をすると眩しくて目が眩むような笑顔が返ってくる。雑踏を形成するほとんどは彼女達に見向きもせず、素直になるための相手すらいないというのに、その特に見返りを求めない眩しさには既視感があった。歌に背を向けて再び雑踏を歩き出す。目的があって、ここに来た。出来るだけ急いで欲しいと言われたから本当は寄り道なんてしてる余裕はない。何となく足が重い。『素直になれないお年頃なの』初めて聞いたはずのメロディーがぐるぐると繰り返される。
「紫暮」
 薄暗い部屋の立派なソファに転がる人影に声を掛けた。
「……起きない」
 カーテンの隙間から漏れる光が埃に乱反射して、ケホと小さく咳が出る。気持ち悪かったから、部屋の隅にある物置からちりとりと小箒を取り出して掃除を始める。
『一人で会社の事務所にいる頼城と数刻前から連絡が取れなくなったらしい』
 心底面倒臭い。けれど、見捨てるのはもっと気分が悪い。そんな顔をして巡くんは言葉を続ける。
『徹夜続きだったそうだから恐らくは寝落ちているだけだろうが、万が一があると困る。様子を見に行ってくれないか』
『なんで俺が』
『社員が行くと逆に無理をするきらいがあるからな。お前の役目はあの馬鹿を家に帰らせることだ。お前からの言葉であればあれも少しは耳を貸すだろう』
 先刻の会話を思い出す。本当に巡くんの予想通り、ただ寝落ちてるだけだった。だから俺が今すべきことはソファに足を折り曲げて窮屈そうに縮こまりながら寝ているこの男を起こしきちんとした寝具のある場所まで連れていくことで、この部屋の掃除をすることではない。この部屋は定期的に業者が掃除をしているはずだし、自動の小型掃除機だっている。たった今見つけたその小型掃除機に手を伸ばす。上部の窪みを指で押すとピポパポと軽快な音と共になぜか光をギラギラさせて掃除機が動き出した。思ったよりも派手でうるさい。……紫暮みたいだ。
「……ん?ああいけない。まさか俺としたことがソファで寝落ちなど、」
 派手な光と音に刺激されたのだろう。ゆっくりと起き上がり大きく伸びをする影を尻目に、ちりとりと小箒を元の場所に戻す。
「おお!柊ではないか!」
 すぐにやかましい小型掃除機よりももっとやかましい声が響いた。何の勝負かなんて自分でも分からないまま、反応したら負けな気がして無視を決め込む。だけど紫暮はそんないつも通りの俺のことなど意にも介さず慌てて立ち上がろうとするものだから、案の定、立ちくらみで体幹があやふやになっているのが見えて。
「紫暮っ!」
 つい、部屋の中を駆けて手を伸ばしてしまった。きょとんと驚く紫暮の肩を支えながら、しばしの硬直。ああ、認めたくなかったのに、これでは、まるで。
「……帰る」
「待てっ柊!俺も帰るぞ!一緒に!」
「うるさい。俺には着いてこないで自分の家に帰って」
 これではまるで、俺が紫暮を本当に心配してるみたいじゃないか。


∴反発性心配性


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