※捏造過多


 破壊する。全て、一匹残らず。ぐちゃりと生体物の潰れる音がして、直後、悲鳴にも似た甲高い雑音が辺りに響き渡った。破壊、破壊、破壊。生き物は、脆い。イーターも人間と同じように脆いのだと初めて知った。知ることが出来た。もっと早く知ることが出来たなら、俺にもっと才能があったなら、もっと力があったなら、結末を変えることが出来たのだろうか。一つの世界の終わりを、救うことが、出来たのだろうか。
 潰す。擦りきれるまで。砕く。粉々になるまで。一片の慈悲もかける必要はない。これは復讐である。
「そこまでだ」
 動きが唐突に制限された。背中から両腕を拘束されている。ならばと足を回転させて距離を取る。……取れない。
「やれやれ。元気なのはいいことだが、元気がありすぎるのも困ったものだな」
 いつの間にか足も羽交い締めにされていた。身動きが取れない。それは、困る。記憶を頼りに武器をかざす。確かあの辺りに居たはずだ。
「おしまいだ、柊。アレは既に死んでいる」
 リンクユニットを剥奪された。もうすぐ換装が解けてしまう。俺はまだ慣れていないから換装できる時間も短い。つまり、イーターを破壊することが出来る時間も短い。だからその石が必要なのに取り上げられたリンクユニットは遥か遠くに見えた。視界が掠れる。意識がぼやける。『イーターは殲滅しなければいけない。』最後の力でカードを振り下ろした。

「容態はどうだ?」
「呼吸は安定している。じきに目も覚ますだろう」
 病院の中でも一等静かなワンフロアに頼城と斎樹は居た。ラ・クロワ学園附属病院の中でもヒーロー及び血性に関わる管轄は厳重に管理され出入りが制限されている。奇妙なほどに静まり返った空間は靴音ですらよく響いた。ヒーロー兼医師である斎樹は病室の中央に大きく構えるベッドを覗き込む。スヤスヤと眠る少年の顔はつい先程まで暴走していたとは思えないほど穏やかだ。
「どちらかと言えば大人しい印象だったんだがな……」
「まあ、無理もないだろう。彼は一度イーターによって全てを破壊されている。やられたから、やり返す。実に少年らしい心意気だ」
「もちろんその心情は考慮して余りある。しかし毎回こんな調子ではこちらまで疲弊するぞ?」
「そこまで含めて期待の新人だったということだろう」
「無責任な……。現場側の気持ちも鑑みて欲しいものだ」
 やれやれと首を振りながら斎樹は自分の頬を撫でた。うっすらと残る傷は先程の戦闘での霧谷の暴走の余波によるものだ。服の下に隠してはいるが頼城もいくつかの傷を作っている。治癒能力の高いヒーローにとってこの程度のケガは取るに足らないものではあったが、いつまでも味方からスリップダメージを食らうわけにもいかない。どうしたものかと斎樹はカルテを手に取った。保護者による承諾無しの手術記録。自己の身すら省みない暴走は己の身を案ずる者などいないという一種の傲慢から来るものか。ブーメランになる気がしたので口には出さないが。
「おはよう、柊。よく眠れたか?」
 どうやら霧谷が目を覚ましたらしい。念のためバイタルチェックを行う。……全て良好、身体に異常無し。結果だけみれば初めての対敵戦闘としてはまずまずといったところだろうか。上への報告は簡素でいいだろう。これ以上の面倒はごめん被りたい。
「ここ、どこ……?」
「ラ・クロワ学園の附属病院内だ。ここは血性研究のための特別フロアだから周囲に気を使う必要はないぞ」
 視線だけで辺りを見渡したあと、彼はゆっくりと上体を起こした。そのままバイタルチェックのための電極シールを次々と剥がしに掛かるものだから斎樹は慌てて止めに入る。点滴等の重要なものは無いとは言え、患者としては流石に目に余る行為だ。
「何……?」
 何故か物凄く不機嫌な顔を向けられた。己の常識が通用しない相手であることを改めて突きつけられ、目眩がする。
「ハハハッ!噂通り本当にやんちゃだな、少年!」
「笑ってないで助けれくれ頼城。コイツまた逃げ出そうとしているぞ」
「むぅ、それは確かにいただけないな。失礼、少し押さえるぞ」
 頼城と斎樹、二人がかりで霧谷を取り押さえる。暴れたせいで乱れた前髪の隙間から二色の瞳が覗いた。ギッと二つの相貌が明確に頼城を捉える。非常に力強い眼光はまさしく我々の求めるそれに違いない。前途多難、多いに結構!どこにそんな力が残っていたのか疑問になるほどの猛攻を抑えながら、頼城は楽しそうに語りかける。
「どうだ?ヒーローになった感覚はあるか?」
「知らない。イーターは、全部殺す。それだけ」
「それは勿論だ。だがそれだけではヒーローとは呼べないな」
「説教なら後にして……!」
 四つの黄金を交錯させながら病室内の攻防は続く。希望、諦観、安寧、復讐、変化、停滞。各々から伸びる思惑の糸が絡まり、やがて一つに収束することを彼らはまだ知らない。
「ヒーローとは、英雄とは、守るものだ。破壊するものではない。君を守る者がいなくなったとしても、君が守りたいものは残っているのでは?」
「それは……」
「今はまだ見えなくても、徐々に慣れていけばいい。ヒーローだって人間だ。突然産まれる訳ではないのだから」
 彼の言葉を「綺麗事だ」と一掃するのは簡単だった。けれどそれが無駄な行為であると、霧谷は直感的に理解した。イーターは、全部、殺す。殺さなければならない。そうしないと気が収まらない。だけど自分が迎えるべき結末に、目指さなければいけないハッピーエンドに、復讐は必要不可欠な要素ではない。
 斎樹がやれやれと首を振っているのが見えたので抵抗の手を止めた。彼も自分のようにこの男の綺麗事の被害にあったことがあるのだろうかと勝手に想像する。正論も綺麗事も嫌いだ。だって否定が出来ない。
「俺、アンタのこと、紫暮のこと、嫌いだ……」
「俺は大いに気に入ったぞ少年!」
「頼むからこれ以上俺の悩みの種を増やさないでくれ……」
 霧谷は口を尖らせ、頼城は笑い、斎樹は頭を抱えた。お揃いに輝く黄金の瞳。そこに写し出されるのは果たして希望か絶望か。……それはこの三人がこれから決めることだった。


∴英雄の産声


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