「慣れない」
 自身の手のひらを見つめながら和泉守は物憂げに呟いた。昼過ぎの柔らかな日差しが射し込む部屋はあまりに静かで、小さな呟きすらも空間に反響する。それをしっかりと聞き取った陸奥守は指先を拳銃に添えたままぐるりと首を和泉守に向けた。
「何がじゃ?」
「この体に決まってるだろうが」
 言いながら和泉守は自分を指差した。けれど、普段の威勢の良さとは裏腹に、その指は弱々しく握られ人差し指は伸びきれずにだらりと下がっている。まるで人形のようだと、銃の手入れを止めずに陸奥守は思う。
「おんしはここに来て日が浅いからのう。まあ、そのうち慣れるぜよ」
「上から目線かよ」
「上から目線で言ったんじゃ」
 ハハと笑って陸奥守はようやく拳銃から手を離した。よく知る姿でそこに存在する拳銃に陸奥守がついさっきまで器用に何を施していたのか、和泉守には想像もできない。彼は無知ではなかったが、同時に幼子であった。空気を吸って、吐く。物を食べて、寝る。その程度しか彼の人間の体にはインプットされていなかった。脳は、記憶は、いっそ憎らしいほど鮮明に前の主や今目の前に存在する刀のことを教えてくるくせ、『人間』なるものの生き方は何一つ和泉守に教えてくれやしない。
 それなのに、だ。和泉守は目の前の男に違和感を抱けなかった。記憶に眠る陸奥守吉行という刀と今彼が捉えている陸奥守吉行とには天と地ほどの差が存在する。それは誰の目にも明らかだ。にも関わらず目の前の男を『名刀』陸奥守吉行という『人間』であると正しく理解していることが不可解で、恐ろしかった。今ここにある自分という存在すらおぼろげになってしまうほどに。
「そうじゃなあ……。もしおんしが満足に手を動かせるようになったら、一緒に酒でも酌み交わせたらええのう」
 目の前の男は一体何を考えているのか。刀でありながら器用に銃を操って、呑気に新撰組の刀に話し掛けるこの現状に疑問を抱かないのだろうか。まだ歩くこともままならぬ幼子の和泉守には知る由もないことだった。


∴幼子


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