一瞬、それは瞬いて消えた。気付いたときにはもう見えなくなってしまって、とてもじゃないけど願い事を三回も口にする暇なんてなければ何を願えばいいかを考える時間だって与えてはくれない。見掛けたら幸せになれる象徴のはずなのになんだか損した気分だった。
 都会の夜は、明るい。空も、明るい。だから夜更けに制服のまま歩いたってわざわざ注意してくる大人はいないし、雑踏をすれ違う人が星に気付いて足を止めることもない。俺だけにしか気付かれなかった流れ星。一体どこに落ちていったのだろう。
「どうした柊。道の真ん中で突然立ち止まって」
 視線を空から正面に戻す。そこには街灯にも負けじと劣らぬ眩しい顔があった。
 そもそもなんで紫暮がいるんだ。少し遡って記憶を掘り起こす。俺は施設のみんなに贈るためのプレゼントを探すために学校帰りに百貨店へ寄ろうとして、そこへ何故かついてこようとした紫暮を突き放して、おもちゃ売り場やお菓子売り場を歩いてる時に横から口出ししてくる紫暮が鬱陶しくて、目ぼしいものを見つけられなかったから帰ろうとしたら馬鹿みたいに目立つ車で送ろうとしてきた紫暮の提案を断って、それでもやっぱりついてきたのが目の前にいる紫暮だった。近い、うざい。「ふむ。立ち止まっているせいか注目を浴びてしまっているな。」それ、違うと思う。
「……別に、何でもない。早く帰りたいから、邪魔」
 紫暮を無視して歩き始める。もう一度空を眺めてみたけれど、流れ星はおろか普通の星ですらよく見えなかった。
「やはり気になっていた商品があったのではないか?戻って片っ端から買ってみた方がよいのでは?」
「そんなお金あるわけないでしょ」
「ここにあるが?」
 いそいそと財布を取り出そうとするものだから慌てて鞄の中に押し返した。こんなに人通りの多い道で大金なんて晒した日には暴動が起こるやもしれないことを、果たしてこの男は理解しているのだろうかと心配になる。「お給料が増えてほしい。」「宝くじを当てたい。」「大金持ちになりたい。」どれだけ俗にまみれていようと、どれも立派な願い事だ。
「もし何か足りないというのなら、この頼城紫暮に任せなさい。絶対に退屈しないおもちゃも、頬が落ちてしまうような菓子も、いくらでも揃えてみせよう!」
 それが当然である、という顔をして流れ星のようなことを言い出す。厄介なことに、それが虚栄ではないということを俺は嫌というほど知っていた。夜空の星はおろか、街路樹に巻かれた年中無休のイルミネーションなんかよりもずっと紫暮はビカビカと眩しい。こんなに眩しいと見失う方が逆に難しい。三回どころか何百回だって願い事を言うことが出来てしまうだろう。
 紫暮はよく俺に何が欲しいか聞いてくる。俺はそれにずっと答えあぐねている。『流れ星を見失うまでに三回願い事を口にすれば願いが叶う。』そんな迷信が未だに信じられているのは、そもそもそんなことは不可能だからだ。できっこないことを知っているから、皆心置きなく遠い遠いどこかの星に己の欲望を背負わせることが出来るのだ。だって普通は自分の目の前に流れ星が降ってくることなんてありえないのだから。
 雑踏を抜けて少し歩いた頃、とある店の前で足が止まる。俺は、自分の大事な願い事を他人任せにはしたくない。世界平和だとか人類滅亡だとか、そんな大層な願い事も持っていない。結局星に願うことが出来るのは、せいぜいがこれっぽっちの幸せである。
「……アレ、食べたいかも」
 ショーケースの一角を指し示すと紫暮は露骨に目を輝かせた。どうして奢らされる側の人間がこんなに嬉しそうなのか。いつまでも紫暮の考えていることは理解できない。
「よし!すぐに買ってこよう!十個でいいか?」
「そんなにいらない。……二個でいいよ。俺と、アンタの分」
 受け取ったショートケーキの二つ入った箱は簡単に振り回せるくらい軽い。だけど今はこれくらいが丁度良い。街灯が減って少し暗くなった空には星が瞬いていた。


∴流星とお茶会


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