死神。人は奴をそう例えた。死にかけの人間たちが集まる中でも一等死に近しいはずにも関わらず、悠々と闊歩するその様は常人の理解の範疇を容易く越えている。常人でないならば、それはもう人間とは呼べないだろう。じゃあ一体奴を何と呼べばいいのか。そうだ、死神。死を司る人間の範疇を越えた何か。まさに、奴にピッタリじゃないか!そんなことを、誰が言い出したのかなんて知るはずもないけれど。
 異形の残骸の山を踏みつける奴を見上げる。身の丈ほどはある大鎌を携えた姿はなるほど確かに死神と呼ぶに相応しかった。
「生きているか」
 残骸の山に向かって話し掛ける。無秩序な蹂躙の跡は倒すべき敵に対してすら同情の余地を抱かせるほどに凄惨極まりないものだった。
「おーよ。しっかりきっちり危なげなく生きてるぞ」
 死神の鎌が人間を伴って頭上から降ってくる。大仰な獲物にも関わらず大した音も立てずに着地した彼は、あくびを一つするとつい先程自らが屠った残骸に寄り掛かった。その姿を、注意深く観察する。頑丈なはずの衣服は綻び破れ、露出した肌からは真っ赤な血が流れていた。それに眉をひそめると何かを勘違いしたらしい矢後は露骨に嫌悪を露にする。
「そんなに俺が生きてて残念か」
「俺は誰も悲しませない、死なせないためにヒーローをしている。そこには、お前だって含まれている」
「ハッ、流石良い子ちゃんは言うことがちげえなぁ」
「お前が何を言おうと俺の志は変わらない」
「そうかよ」
 興味が失せたとでも言うように視線が外される。するとそこへ、まるでタイミングを見計らったかのように通信機が鳴った。指揮官からだ。
「こちら頼城、イーターは全て殲滅した。そちらは?」
 現在の状況確認と今後の作戦の伝達を手早く済ませる。そうして情報共有のために口を動かしている間にも視界にはずっと奴が映っていた。目を閉じていつものように寝ている顔から少し視線を下げればダラダラと血を流し続ける足が目に入る。常人であれば痛いとうめきうずくまり、ガタガタと震えだってするかもしれない傷に、しかし奴が気付いている素振りはない。
「……それと、矢後が怪我をした。それなりに傷が深い。応急処置はこちらで行うが、そちらでも準備を頼む」
 最後にそれを伝えて通信を切る。奴に向き直れば、閉じていたはずの眼光が己を射ぬかんとばかりに見上げていた。殺気すら感じるそれはとてもではないが死にかけの人間から発せられるものではない。かといって生に満ちているかと問われれば、それも否だった。
「余計なことしやがって」
「起きていたのか」
 指揮官に伝えた通りに応急処置を施すため手を伸ばせば当然のように弾き返される。仕方なしに一枚の布を彼の前に落とせば、彼は逡巡の後にその布を雑に足に巻き付けた。止血にもなっていないようなそれを巡が見たらなんて怒るのだろうか、そんなことを、滲む赤を見ながら考える。
「……そんな有り様で、今までよく生きてこれたな」
「生憎死ぬ予定はないからな」
「ああ、お前みたいな死にたがりの馬鹿は地獄だってお断りなんだろう」
「テメェ、喧嘩したいなら買ってやるよ」
 ゆっくりと立ち上がった矢後に胸ぐらを捕まれる。その腕を引き剥がすためには、馬鹿みたいに力を入れて関節なんてお構いなしに捻る必要があった。それでも彼が苦痛を浮かべることはない。きっと、俺も奴の死にたがりに加担しているのだろう。巡だけでなく久森にも怒られそうだ。
「それだけの元気があるなら歩けるな。帰るぞ」
 戦場を離れる直前、ふとイーターの残骸に目が向いた。荒廃した地に積み上がる異形の怪物たち、その死体。この世のものだと認めたくないような、希望とは真反対の無機質な死で満ちた光景に彼はよく馴染んでいた。馴染んでしまっていた。リンクが解けたその腕にもう大鎌は握られていなかったけれど、同じこの世を生きる人間とは思えないほどの奴の生の希薄さを、俺は、いつまでも捉えることが出来ずにいる。


∴21グラムの希薄


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