頭が弾け飛び、霧散した。セーラー服を纏った首から下の部分は依然としてそこに棒立ちしている。視界に己の手を翳して首から上を隠す。その姿はさながら、本物の人間のようだった。
「満足しましたか」
 冷ややか、といって差し支えない声が聞こえてくる。彼女は普段から明るい方ではないが、一週間前とは比べ物にならないほどの冷気をそこに潜めているようだった。当たり前だ。誰だってこんな胸糞の悪い行為に巻き込まれて良い顔をするはずがない。それに関しては申し訳なく思っている。先輩権限と同情される側としての特権、それらを駆使したことに後悔はないが。
「うん。ありがとう、ひゃみちゃん」
「いえ、これで済むのであればいくらでもお付き合い
しますよ」
「ハハハ、安心して。もうしないよ」
 シミュレーションルームの扉を抜ける。そこにはさっきと寸分変わらぬ景色があって、思わず腰の銃に手を伸ばしてから、そこに獲物がないことを思い出した。もちろんセーラー服を着た女の姿もない。そんなおれの動作にブレザーを纏った少女が訝しげな視線を送ってきたので笑顔を返してごまかしておく。彼女は一つ溜め息を吐くと、目の前のモニターを消して立ち上がった。

「……トリオンを使用した特定の人間の素体データの作り方、どうしてそのやり方を知っていたんですか」
 隊室はおろか基地からも離れた帰り道、唐突に無言を破った彼女は足を止めて問い掛けた。ここはまだ警戒区域の中だ。一般人も、ボーダーの人間もいない廃墟は確かに内緒話に適しているのかもしれない。
「それを知ってどうするの?」
「どうもしません。ただの好奇心です」
 好奇心。それはきっと嘘ではないのだろうけれど、もっと重要な理由としておれについて知らないことを無くしたいという焦りがあるのだろう。おれに限らず、辻ちゃんに対しても、二宮さんに対してだって、そう。彼女の焦りは最もだ。おれにはさっき彼女に自分のわがままに付き合わせた借りがある。その質問に答えないという選択肢は最早ないも同然だった。
「……訓練の一環だよ」
「訓練?」
「そう。人を撃つ訓練」
 彼女の瞳がハッと見開かれる。予想なんてあらかた出来ていただろうにも関わらず。だって彼女は聡明で、そして優しい子だ。
「生きている人間、動いている生命体。それだとハードルが高いから、生きていない人間、その中でも特に罪悪感が薄い個体。要するに自分自身の模型だね」
「……それで、鳩原先輩はそれを撃てたんですか」
「撃てなかったよ。だから初めて見たんだ、アレが吹き飛ぶところ」
 つまりこれは精算だ。この世界に残ったヤツの残滓に、おれに時間を割かせた代償を払ってもらった。それなら一人でやってろって?ごもっともな意見だ。けれどおれは一般的な人間程度には承認欲求があるから、この精算を誰かに見届けて欲しかった。後はまあ、半ば共犯者のような事実の共有の強制。二宮さんはダメだ。彼をこれ以上苛ませるわけにはいかない。辻ちゃんでも悪くない。けれど、もっともっと、彼女と親しかった人間の方が好ましい。それに、
「それで、本当に満足したんですか?」 
「したよ。……そう思い込みたいってところかな」
 きっとおれはあの時、頭を吹き飛ばした程度では止まれなかっただろう。おれはそれなりに性格が悪い。理不尽と、その原因に対して、蹴り飛ばし、服を剥ぎ、胴をねじ切るくらいのことはしていてもおかしくはない。そしてそれを、誰かに見せつけてやりたい。それが本人ではないとしても。
 だからストッパーが必要だ。なんと言っても彼女は聡明で優しい。だから適役だった。
「もしかしたらもう一度頼むかもしれないや」
「私の返事は変わりません。これでこれで済むのであればいくらでもお付き合いします。……気は進みませんが」
「ありがとう」
 内緒話は終わり、再び帰路に着く。こんなに優しい後輩に何も言わずに置いてけぼりにするなんて酷い女だ。ほとんど無意識のうちに憂さ晴らしの言い訳を考えている自分に、ほんの少しだけ嫌気がさした。


∴melancholy doll


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