そこはあまりにも静かだった。昼間の喧騒をなかったことにするような佇まいはどこまでも清廉で、まるで人間の存在を受け付けないような拒絶感をもたらす。でもそんなことを気にしない人間が一人、若干ふらついた足取りで駆け出した。お前も早く来いよー!だなんて、馬鹿は単純だ。だから羨ましい。
「転ぶなよー!」
「へーきへーき!ってうわぁ!?」
「ほら、言わんこっちゃない」
 砂浜の上で転げたユーゴの派手な配色も、こんな真夜中じゃ灰色に紛れてよく見えない。今だ灰色の中で煩く笑い転げてる彼の元に行こうと足を踏み出せば、外敵を排除しようとするようにサンダルをつっかけただけの足に水分を吸った砂が絡み付いた。そういえば昨日は雨だった。今更そんなことを思い出す。
「いやー、流石にスッゲー静かだな!」
「お前のせいでうるさい」
「それ、ケンカ売ってる?」
「少し」
 今から海行こうぜ!そんな突拍子のないことを言い出したのはユーゴだった。彼に引きずられるようにして家を出てきたせいで録な上着を羽織らなかった体にも海風は容赦しない。肌を撫でる場違いに冷たい風はどこか異世界から来たような心地がする。もういっそのこと、二人で異世界に逃げ込んじゃえばいいんじゃね、なんか恋人っぽいし。何もかもがどうでもよくなった蕩けた頭は腑抜けた思考を叩き出す。残念ながら頭を冷やしてくれるほど風は冷たくなかったのだ。
 例えば、今ここで二人仲良く手を繋いで入水するとする。そうすれば明日の朝には二つの溺死体がプカプカ海を漂う訳で、つまりありえないはずの永遠を俺達が手にしたことを意味する。こういうの、多分ロマンチックって表現するんだと思うんだ。
 だけど俺はわざわざ体を震わせてまで冷たい水に浸かるつもりなんて毛頭もないし、どんな時でも騒がしいコイツにロマンチックを求めるのもお門違いというものだろう。結局明日の朝の水面に死体が浮かぶことはないし、俺達は同じベッドの上で何事もないように目を覚ます。恋人らしくキスをするかしないかは今の段階ではわからないけれど多分しないだろう。ユーゴは殊更に寝起きが悪かった。
「俺さー、静かな所好きなんだよ」
「意外だな」
「よく言われる」
 そう言ってユーゴはヘラリと笑った。屈託のない笑顔はまるで酸素のように素直に俺の中に吸収される。ああ、コイツのこと好きだなあなんて、今更な事を思った。
「なんかさ、よくわかんじゃん」
「何が?」
「うん」
 答えにならない相槌が静寂の中に消えていく。別にそこには永遠なんてご大層なものは流れてなかったけれど、多分これがベストなんだろうなって思わせる何かがあった。それは暗闇かもしれないし静寂かも分からないけれど、一つ分かってるのは明日の朝も俺がユーゴの体を揺すって起こしてやるってことだ。


∴ふたりで溺れた夜の海/弾丸


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