野蛮な行いを見たとき、人はしばしば「獣のようだ」と眉を顰める。獣、つまりは人ならざるもの。人ではないから理解する必要がない。そんな野蛮な行為をするモノを人だと認めたくない。私達はあんな奴らの同類ではない。心を読まなくったってそんな思惑が透けて見えた。
 さて、そうして知らず知らずの内に理解の外側の受け皿を担わされた俺達だが、果たして目の前に広がるのは獣の野蛮か否か。

「酷い光景だな……」
「何が?」
「独り言だ。気にしないでくれ」
 獣達の残骸の中央で、槍を肩に担いだ男がぽつりと立っていた。隣に降り立って、そこかしこに漂う焦げたような臭いに思わずむせ返りそうになる。視覚嗅覚とは対照的に辺りは静まり返っていて、風の音と、そこに紛れるような男の息の音だけが俺が聞き取れる旋律だった。……まだ少し荒い。サテュロスとメドゥーサがいないことは吉と取ってよいのだろうか。
 すると突然男が槍を振りかぶる。俺の顔の横を通り槍が投げられた先、短い悲鳴とぐしゃりと生き物の壊れる音がした。
「まだ残っていたか。全て焼き払ったと思ったんだが」
 なんてことはないようにナタクは独りごちる。一瞬覗かせた戦鬼の相貌は既になりを潜めていた。
「どうした?武器なんか構えて」
「……少し想像すれば分かることじゃないのか」
「ああ、悪い悪い。血が高ぶるとつい、な」
 一瞬、時が遡ったような感覚がして、本能が叫んだ。「殺れ」と。殺気に当てられた体は自然と目の前の男に向かって武器を展開する。そんな俺のことをナタクがニコニコしながら見てくるものだから、悪い予感がして即座に武器を引っ込めれば彼は途端に残念そうに肩を落とした。あからさまな落胆を隠しもしない姿に呆れを通り越して感心すら覚える。
「だいたい、なんだってアンタがこんなこと」
「街を歩いていたら、強力な魔物が跋扈して困っているという話を見つけてな。じゃあちょっと行ってみるかと来てみたわけだ。うん、いわゆる『ヒト助け』だな」
「……これが?」
「違うのか?」
 本当に分からないという顔でナタクが首を傾げる。考えればすぐに分かることじゃないのかと言いたくなったが、コイツは俺達の中でも最も人向きの回路を持たない奴なので二度言った所で無意味に帰すことは想像に容易だった。
 最早それがどんな形をしていたのかもわからない生き物だったものを見やる。何がヒト助けだ。これは「ヒトが望んだもの」ではなく「アンタがしたかったこと」だろうに。
「そういえば、バアルはなぜここに?」
「アンタに特徴のよく似た男が魔物退治に赴いたという知らせを聞いた」
「まさか、心配してくれたのか?」
「土地の方をな」
 風と炎によって蹂躙されたのは何も魔物だけではない。抉れた大地に黒ずんだ丸太が転がっている。幸いにも人里には遠い場所ではあったが、万が一ということがある。何かの目的でここを訪れた人間がいたとして、俺はその人間だったものと転がる丸太を区別は出来ない。俺は友人をなるべく大量殺人鬼にはしたくなかった。
「こんな派手にやって、万が一、人目にでもついたらどうする」
「どうなるんだ?」
「……恐らくソイツは死ぬ。死ななかったとしても、一生アンタに対しての恐怖を抱えて過ごすことになる。獰猛で野蛮な、恐ろしい獣に対して」
「それでいいんじゃないか?何も間違えてはいないだろう」
 ただただ一途な、混じり気のない戦闘への渇望。純真とも呼べてしまいそうな瞳は獣の定義を曖昧にする。形がわからないほどに周囲を蹂躙するのは果たして野蛮か。いや、否だ。野蛮な獣が、こんなに美しい形をしているわけがない。
「ただ、確かに数は多かったが個々は些か手応えに欠けたな。どうだ、バアル。この後暇だったりしないか」
「…………」
「冗談だからそんな怖い顔しないでくれ」
 そこにあるのは野蛮でも傲慢でも殺意でもない。戦いたいというただそれだけの本能。破壊はそこに付いてくるおまけに過ぎない。その苛烈に当てられると人は恐怖する。じゃあ俺は?
 根底で起き上がる羨望に蓋をする。獣の名を冠した戦争兵器。己の思うままに槍を振るう姿を美しいと、羨ましいと思う。そう思ってしまうように作られている。ヒトがどれだけこの蹂躙を野蛮と非難したとして、俺はそれに賛同を示すことは出来ない。だって俺はヒトではなく、この男の同類なのだから。


∴戦争兵器


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