初めて人間を撃った時、おれの意思によって放たれた弾丸はあっさりと架空の肉体を貫き、四散させた。感慨というものは思ったよりも湧いてこなくて、最初は戸惑うかもしれないけれど徐々に慣れていけばいいと言う指導の言葉に「そうですね」と困りながら返したことを覚えている。その困惑に嘘はなかった。特に何も感じられなかったことが、一番の戸惑いだったから。

「全くさぁ、これだけ付き合ってあげてるんだから少しはおれに報いようとかないワケ?」
「……ゴメン」
 おれの眉間に照準を合わせた狙撃銃と、それを構えた女が目の前にゴロリと転がっていた。女に両足は無く、そこから漏れたトリオンが煙のように周囲を漂っている。銃口が一分の狂いもなく正確に目標を捉えているのに反比例するかのごとく引き金に掛かる指がカタカタと震える音がこちらまで聞こえてきた。『抵抗しない人間を撃つのは可哀想だから』女がそう言ったので、おれはいつでも撃たれることが出来るように姿を晒しながら女を追い詰めた。その結果がこれだ。これではどちらが可哀想なのか分かったものじゃない。
 ヒトを撃てない代わりに超精密技術を手に入れたスナイパー。組織からの評価は思ったほど悪いものではなく、ヒトを撃てないおかげで精密射撃を身に付けることが出来たのだと評価する人間だって少なからず存在した。けれどどれだけ評価を受けようと女はヒトを撃てないことを気に病むらしく、度々こうしておれを訓練に付き合わせた。同じ隊の同い年。女にとっておれは最も都合のいい人間だった。そのおれを巻き込んだ健気な努力が実を結んだことは、まぁ、無いワケだけど。
「早くしてよ。実際に死ぬわけじゃないんだ。そんなに特別視するほど、重いものじゃあない」
「でも」
「それともなに、そんなにクズになりたくないの?」
 もくもくと立ち昇るトリオンを眺める。限界だ。あと数分もしない内にトリオン切れでベイルアウトだろう。今回もまた時間の無駄だったなと溜め息をつく。どうして毎回意味のないことに律儀に付き合っているのか、殺気のない銃口を眺めながら、そろそろ潮時かと思案する。そもそも肝心要の訓練相手からして間違ってる。いくらおれが都合のいい人間だったとして、女の求める助言など、与えてやることは絶対に出来ないのだから。
「あのね」
「なに」
 いつもなら出さないように気を付ける酷く冷たい声が出る。薄情。そんな形容詞が浮かんだ。
「犬飼は、クズじゃないよ」
 女の体が四散する。銃口からはまるで本物のような煙が上がっていて、ベイルアウトを知らせる機械的な音声が他人事のように空間全体に響いた。「付き合わせちゃってゴメン。今シミュレーターオフにするから」モニターの向こうからおれに撃ち殺された女の淡々とした声が聞こえた。
「ホラ、お前が思ってるほど特別なものじゃない」
 普通に喋ったはずなのにどこか自嘲のように聞こえて苦笑する。おれって結構白状な人間だったんだなって、初めてヒトの残骸を作った日に思ったことを今更否定されたところで何が変わるわけでもない。どうせおれは明日もヒトを撃つし、お前は明日もヒトを撃てないままなのだから。


∴ヒトゴロシ訓練


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