大丈夫。今度こそ、今度こそは大丈夫だ。自分としての意識が手元にあることを実感できる。自分が何者であるかを認識できる。自分の成すべきこと、やってはならないことの区別ができる。大丈夫だ。何も不安はない。心配することはない。そう、大丈夫、

「やあ!また会ったな!元気してるかい?」

 大丈夫だなんて、そんなこと、あるわけがないのに。


「アマデウスが再召喚されたわ」
 小鳥のさえずりのように朗らかな音色で彼女は死を宣告する。顔を上げる気力及び勇気は最早私にはなく、座り俯いたまま頭上で微笑んでいるであろう彼女を想像する。きっとその微笑みに他意はない。彼女には、奴を殺す理由がない。彼女は純度百パーセントの愛で持って、私と奴を引き合わせようとしている。そこで交わされるものが友好の握手ではないことを知らないはずがないにも関わらず。
「……それをどうして私に?」
「アマデウスが会いたがっていたわよ。サリエリはどこだ?って」
「……奴の自殺願望は相変わらずだな」
 ついさっき、肉を切った。その少し前、喉をえぐった。さらにその前、首を折った。それでも尚、会いたいと言うらしい。狂っているのはどちらだと言いたくなる。気づいた時には、自分を思い出した時にはもう全てが終わっていて、まだ生ぬるい死体を前に膝を付く私を慰める音がいつもそこにはあった。『大丈夫よ。貴方のせいではないわ。きっと次は、全てが上手くいくはずよ。』その音に縋らずに済むほど私という個体は強くない。
「……私を奴に会わせるとどうなるか貴女も知っているでしょう」
「ええ、もちろん」
「貴女は奴が嫌いなのですか?」
「まさか!とんでもないわ!彼のことだって愛しているわ、貴方と同じように」
 混沌とする意識。浮上と沈下を繰り返す自我に与えられた肯定という劇物は覚悟を虚ろなものにした。多分、おそらく、きっと。そんな不確定を無邪気に信じるのは彼女の特権だ。私のものではない。そのはずなのに。
「ええ、大丈夫よ。次はきっと上手くいくわ。だから怖がらないで。さあ、アマデウスに会いに行きましょう!」
 女神のように輝いて、天使のように微笑みながら、無自覚な死神が私に手を伸ばす。その手に応えてはいけないということを知っている。彼女の博愛を動機にしてはならないと覚えている。その万物への母にも等しい無限の愛を血に変えてはならないと理解している。理解している、けれど、それに抗うということが出来るような存在に私は生まれていなかった。
 私という個が意思を持って彼女の手を取る。ようやく直視した微笑みは想像から寸分違わず、導かれるままに私はアマデウスに会いに行く。大丈夫。今度こそ、今度こそは大丈夫だ。何も不安になることはない。心配することはない。だって、彼女が慰めてくれるのだから。


∴無垢な死神


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