※fgo時空
「わあ!見てくださいアサシン!大きいですねえ!」
夏。輝く太陽。黄金の花弁。どこまでも続く青い青い空。見ているだけで玉の汗が浮かんできそうな光景の中、無邪気にはしゃぐ人影に手を引かれて黄金の海に足を踏み入れる。天高く咲き誇る花は太陽にばかり気を取られ領域内に踏み入った我らに気付きもしない。一本二本、三本でも四本でも、その首をもぎ取るのは容易いだろう。
「私、こんなに綺麗なひまわり畑を見るのは初めてです!」
そう言って笑う顔は17歳の少年そのもので、とてもではないが指名手配中の重罪人には見えなかった。
そう、重罪人。己が目的の為、罪のない人間を殺した。それに反抗する人間を殺すのを手伝った。我々は謂わば逃走中の身であり、間違ってでも、花畑でデートに勤しんでいる暇などはない。ないのだけれど、言われるがまま成すがまま、自分はここにいる。
『もう一度、私に着いてきてくれますか』
杜撰に管理された小聖杯。それは少年の願いを叶える力を持たないが、けれど足掛かり程度にはなる。三度目の生を受けた彼は何よりもまず始めに自分に会いに来た。一度騙しておきながらよくもぬけぬけと。それが、我が本来持つべき感想なのだろう。首をはねることも、告げ口をすることも、毒を呷らせることだって出来たはずなのにそうしなかったのはきっと単純に我の落ち度だ。けれど自分のその愚行を叱責する者は少年が自らの主の首をはね、令呪を奪ったことで消えてしまった。カルデアの基地に残る他の人間を手早く片付ければ残ったのは新たにマスターとなった少年と自分の二人きり。『なんだかアダムとイブみたいですね』そんな冗談に、果たして自分はどう返したのだったか。
灼熱の太陽が我らを焦がす。感じるはずのない暑さが我らを責め立てる。罪悪感。そんなものが、この身に残っていたことに驚嘆する。それは一体誰に対するものなのだろう。世界を救った少年少女か、あるいはそれを手助けした大人たちか。はたまた、かつてのとある別世界の彼女に対してか。黄金の群れに消えてしまいそうなマスターに手を伸ばす。酷く脆く儚い夢。それは確かに人肌として、我の指先に熱を伝えていた。
「どうかしましたか、アサシン?」
あどけない表情、どこか懐かしい響き。危うく永遠を願ってしまいそうな、幸福、だなんて、これをそう呼んではいけないのだろうけれど。
「マスター、油を売っている暇はないぞ。庭園に必要な素材がどれだけ膨大かはよく知っているだろう。それに魔術協会が血眼で我らを探している。万が一あちらもサーヴァントを使役した場合、我一人ならともかくお前も守れるかは分からんぞ」
「ええ、そうですね。でも、こんなにひまわりの背が高いんですから、きっと私達を見つけることなんて誰にも出来ませんよ!」
恒久の人類平和。そんな不可能を願って許されるのは子供くらいなもので、だから彼は永遠に大人になれないのだろう。見下ろすことも見下ろされることもない視線。同じ高さ、同じ地平線を見ているはずなのに、彼の視界に自分が映っているのかどうかの確信が持てない。それでも、彼について行くと決めたのは紛れもない我自身だった。
後悔、不安、そんな些細なもの、この向日葵畑に隠して置いていってしまえばいい。きっと誰だって、見つけだすことは出来やしないだろうから。
∴ひまわり畑でかくれんぼ