※apo時空


 鬱陶しいと思った。視線が目障りだと、不快だと感じた。それは決して己に向けられたものではなく、いかなる負の感情もこもっていないものだったが、それ故に彼女の琴線に触れるものだった。玉座に座ったまま軽く右腕を振り上げる。何もなかったはずの空間に突如として鎖が現れ、一直線に男に向かって伸びていった。男はそれを事も無げにひらりとかわすと何事かと鬱陶しげに視線を玉座に移す。交錯する視線は奇しくも同じ感情を伝えていた。『邪魔だ』と。
「オイオイ、いきなりなんだ?ずいぶん物騒だな女帝さんよぉ」
「我に口答えするな。ここを何処だと思っている」
「自分の庭の中じゃおとなしくしてろって?ハッ、やなこった!」
 並の人間であれば卒倒しそうなほどに張り詰めた空気をものともせず、ライダーは悠長にぐるりと周囲を見渡した。先程の攻撃のせいだろう。だだっ広い部屋にまばらに存在していた人影はライダーとアサシンを除いてどこにもいなくなっていた。誰だってアサシンの気まぐれな癇癪に巻き込まれたくはないのだ。
「あーあ、姐さんどっかいっちゃったじゃねぇか。まったくどっかの誰かさんのせいでよぉ」
 そう言ってライダーは露骨に肩を竦めてみせる。すかさずアサシンの鎖がまるで意思持つ生物のようにライダーを襲い、彼の持つ槍に弾かれた。次から次へと、無尽蔵に湧き出すソレは彼女の手足として働くが、しかし決してライダーを捕らえることは叶わない。溜め息を吐いて、アサシンは再び右手を振り上げた。今度は何が飛んでくるかと槍持つ手に力を込めたライダーの意に反して、先程まで執拗に自分を狙っていたはずの鎖が空中に霧散する。
「何だ、もう終わりか?俺はまだまだいけるぜ?」
 拍子抜けだとばかりに眉を潜めたライダーがアサシンを煽る。全ての人間に死を連想させる猛攻も彼にとってはちょうどいいストレス発散でしかなかった。己のほぼ全てを戦いで構築された英雄はもっと戦を寄越せと女帝にせがむ。けれどその頼みに乗ってやるほど彼女は単純でも親切でもなかった。
「……いい加減、やめたらどうだ」
 それはまるで呻くような声だった。憐れみを与えようとして失敗した声。民を統べ、見下す王としての矜持が最後の力を振り絞るように震えていた。女帝がそれに気付くことはなく、英雄は決して手を差し伸べない。
「何を?」
「アレがお前に振り返ることはないぞ」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ」
 重たい扉が開く音がして二人は揃って視線を移した。続けて転がり込むようにしてシロウとアーチャーが部屋に入ってくる。駆けてきたらしく少し息を弾ませるシロウは二人の姿をみるとほっと胸を撫で下ろし、彼を呼んだらしいアーチャーはやれやれと掲げていた弓を下ろした。
「お二人が小競合いをしていると聞いて慌てて駆けつけましたが、良かった、どうやら一旦落ち着いたようですね」
「こいつらのことだ、どうせ下らないことでやり合っていたのだろう」
「だとしてもお二人の小競合いは全然"小"じゃないので心配するに越したことはないでしょう。庭園に支障が出たら困りますし」
 その小競合いの原因が自分達にあるとは露程にも知らぬ顔で、シロウはアサシンの、アーチャーはライダーの前に立つ。「残酷だな」限りなく小さい声で呟いてアサシンは笑った。
「我の庭園を甘く見るな。この程度、キズすらもつかぬ」
「ええ、せっかくとても綺麗なんですから、壊れたりしたら勿体無いですからね」
「そうだろう綺麗だろう。もっと褒めても良いぞ?」
 現金なヤツ。シロウとアサシンを横目に内心で独りごちて、ライダーはアーチャーに向き直った。さてはて、どんな誘い文句であればこの高潔な狩人と手合わせできるだろうか。
 アサシンもライダーも気づかない。奇しくも自分達が今同じ顔をしていることに。ずっと一緒にいられたらいいのに。そんなささやかな願いを磨り潰して、二人は互いの想い人に笑い掛けた。


∴恋に恋できればよかったのにね


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