※カニバリズム注意


 とても美しい人だった。人間なんて、目じゃないほどに。
「美味しい?」
「旨いぞ。びみ、というやつだな」
 咀嚼音が聞こえてきそうなほどの勢いで彼女はもぐもぐと口を動かす。ナイフやフォークすら使わず直接肉にかじりつく姿はとても幸福そうで、見ているだけのコチラも幸せな気持ちになってくる。そう伝えると彼女はとても珍しいものを見たとばかりに目をぱちくりとさせた。珍しいものを見させてもらっているのは、むしろコチラの方なのに。
「……イゾーはカエルを食べているだけでも気持ち悪いと騒ぎ立てる。リョーマは騒がないけれど、いつの間にかいなくなってる」
「そうなんだ、もったいないね」
「変なヤツだな、おまえ」
 そう言って彼女は私の太股の肉を噛みちぎった。正確には、私"だった"太股の肉だ。私と同じ顔、同じ大きさ、同じ重さをした肉が、彼女の食事だった。食べやすいように四肢と頭は千切られ、その内右足だったものは既に骨だけになっている。竜も骨は食べないんだなとか、私ってそんなにお肉あるのかななんて自分の腹をつまんでみたりだとか、そんなことをしながら彼女の食事風景を眺めるのがいつの間にか私の日課になっていた。今日も彼女は美味しそうに私を食べる。この部屋には、私と、彼女と、食べ物と、あとは聖杯があるだけだ。

「お竜さんは好きなものは最後に食べる派なの?」
 あらかたの私が食べ尽くされ、目の前には骨と頭部だけが取り残された。その頭部を彼女は器用に切り開いてゆく。どうやら彼女はとりわけ脳味噌が好物らしい。前に聞いたら「脳"味噌"というくらいだからな。コクが違う」と嬉しそうに話してくれた。
「時と場合によるな。でも今日は最後に取って置きたい気分だった」
「そうなんだ。私はいつも最後に残しちゃうなぁ。ショートケーキの苺とか」
「オマエは苺が好きなのか?」
「好きだよ。でもね、その前に満腹になってせっかく残した苺を誰かにあげなきゃいけないこともあるんだ」
「面倒なんだな、人間は」
 理解できないとばかりに彼女は私の脳の咀嚼を始める。彼女の舌は常人より紅くて長い。その長い舌が私だったものの肉をなぞり、人より鋭い牙が穴を開ける。それを私はうっとりした心地で眺めていた。ただの人間でしかない私が人ならざる彼女の血肉となる。その事に酔いしれていたのだと思う。そのために私は万能の願望器に新しい肉体を願い続けた。産み落とされたソレを果たして人間と呼んでいいのかなんて疑問からは目を反らしながら。
「ふぅ、お竜さんも満腹だ。そうだ、お礼に今度旨いカエルの食べ方を教えてやろう」
「いやー、遠慮しとこうかな?カエルってほら、私たちには食べ物ってイメージ薄いし」
「そうなのか。あの旨さを味わえないなんて人間はもったいないな」
 どれだけ肉体を蘇らせようと、どれだけその死体を食わせようと、カエルを食べられない私は彼女にとって人間のスタンダードの域を出ることはない。だから私は彼女の興味の範疇に居られるし、明日も首の根を掻き切るのだろう。すべては美味しく食べてもらうために。


∴貴女の血となれ肉となれ


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