「未成年の飲酒は犯罪ですよ!」
 小さい私がビシリと人差し指を突きつける。その顔はよくある使命感に満ちていて、大義はこちらにありとばかりに胸を反らせていた。楽しくワイワイ飲んでいたところに突然乱入してきては冷や水を浴びせる様は不躾という他ない。もっとも、冷や水を浴びせられたのは私だけのようで、一緒に飲んでいた巌窟王は珍入者に心底愉快そうな高笑いを上げていた。酒瓶が転がる部屋におよそ似つかわしくない小さな聖女もどきは周囲の喧騒に負けじと尚も私を糾弾する。
「お酒はハタチになってからですよ成長した私!」
「……どこの法律に則ってるのよ、ソレ。そもそもサーヴァントに年齢なんてあると思ってるワケ?」
「でも成長した私は未成年だからと言ってお誘いを断っていましたよ!お師匠さんもです!」
 いけすかない聖女の顔が浮かぶ。まったく、余計なことを見せないでほしいものだった。確かに己の肉体の年齢を聞かれたとしたら私は19と答える他ない。オリジナルが成人を迎えなかった以上、私も成人を迎えることはないだろう。その可能性もゼロとは言えないが、そもそも、ないはずの幼少期が目の前に仁王立ちしている時点で異常なのだ。これ以上の面倒はごめんこうむりたい。
 ここには、沢山の英霊がいる。まさに老若男女、私より若い姿で召喚されている英霊も多い。けれど生前ですら二十歳を越えられなかった者となるとそれなりに限られてくる。生前がない私が言うのもおかしな話だが。
 それにしても。
「アッハハハ!やっぱりアンタは騙されるのが本当に得意ね!」
「えっ!?い、いきなりなんですか!?」
 突如として笑い出した私に小さい私は困惑を露わにする。突然邪魔をしてきたことを不問にしてやろうと思えるほどに、その様は滑稽だった。何も知らない、何もできない哀れな幼児。可哀そうに、脳ミソが足りないせいで酒の味も人の嘘も何も理解できないのだろう。笑うことも、酒を飲むこともやめない私に根負けしたようで、小さな聖女もどきはすごすごと部屋を出て行った。


「……っていうことが昨日あったのよ」
「はぁ、そうだったんですか」
 日本酒を傾けつつ私の話を聞いていた天草四郎は少しばかり申し訳なさそうに眉尻を下げた。けれど相槌を打ちながらも新たな酒をグラスに注ぐことはやめず、なるほどこれが九州男児かとマスターから聞いた話をぼんやりと思い出す。
「それで今日いきなり飲もうなんて言い出したんですね」
「何よ、悪い?」
「いえ、私もちょうど暇でしたし。どうもリリィがご迷惑おかけしたようで、これで貴女の気が晴れるのであれば喜んで応じますよ」
 まるで保護者か何かのような物言いはとてもではないが17歳のそれではない。ついでに言うと酒のあおり方も。
「アンタもアレの前ではお利口さんにしてるのね。何、嫌われるのが怖い?幻滅されるのは嫌?」
「私はあくまであの子の夢を壊さないようにしているだけですよ。その方が、何かと都合もいいですし」
「どうだか」
 私がこうして彼と酒を飲み交わすのは初めてではない。もしかすると、頻繁と言っていいほどの頻度かもしれない。聖人というものはどいつもこいつも忌々しいものではあるが、それは常識的な人間の範疇に収まっている場合だ。ネジが外れている人間はむしろ私にとって好ましい分類に入る。

 かつて、360度どこから見ても少年な彼に問いかけたことがある。
『聖人サマ、未成年なのにお酒なんて飲んでいいのかしら?』
 それは問いかけというよりはからかいに近いもので、大した意味もないものだ。成人の肉体を持たない聖人もどき。私は心のどこかで、彼を自分と同じモノだと認識していたのかもしれない。
『問題はないでしょう。未成年の飲酒が禁止されているのはその後の健康を憂慮してのことですし、私たちサーヴァントには成長する肉体がない以上、その心配は杞憂というものです。それに私、受肉して60年ほど過ごしたことがあるので今更未成年扱いされると不思議な感じがします』

 ポケットから取り出した煙草に火をつけて肺に煙を吸い込む。瓶が空になったからと言って勝手に人の部屋の冷蔵庫から缶ビールを取り出した少年に小言を投げつける。身体の隅々にニコチンやアルコールを巡らせる私たちは紛れもなく少年少女だ。それも永遠の。成長を止めた未成年の臓器は毒に侵され、しかし、明日の健康を憂うことはない。肉体の年齢なんて私たちには飾りでしかない。そこに無理やり意味を見出そうなんて時間の無駄だった。そのことに、幼児の脳味噌しか持ち得ないあの子は一生気付かないのだろう。かわいそうに。
「あ、オルタ。私にも一本ください」
「……ホント、聖人が聞いて呆れるわね」
「私は聖人ではありませんよ」
 時計の針は少年少女に到底似つかわしくない時刻を指し示している。布団にくるまりお行儀よく眠る幼い私を思い浮かべながら、彼が咥えた煙草に火をつけた。


∴未成年


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