「私ね、お姫様になりたかったの」
 淡々とした声で少女は言う。白い肌に白いワンピース。目を離せば消えてしまいそう、ともすればそんな感想を抱かせる彼女は僕から見れば十分に王子様に助けられるお姫様然としていて、性根の腐っている僕から見れば先のセリフは皮肉なんじゃないかと疑ってしまう。当然、彼女にそんなつもりは微塵もないし、そもそも皮肉とはなんなのか、それすらも知っているか定かではない純粋無垢が形を成したかのような生き物。そう、生き物。彼女はヒトじゃない。それが最大にして唯一の、彼女がお姫様になれない理由だった。
「……どうしてそう思うの」
「絵本の中のお姫様はキラキラしてて、眩しくて、そしてとても幸せそうだから、じゃ、だめかな?」
「いいんじゃない。なれるよ、マリーなら」
「ありがとう。カノは優しいね」
 優しくなんてあるものか。心の中でつぶやいて、表面上は笑顔を取り繕っておく。何千何万と繰り返した行為。僕にとって人を騙すことは呼吸と同じ生命活動の一環だった。きっと僕は、おとぎ話に出てくる詐欺師なのだろう。そして詐欺師といえばお姫様を誑かして王子に成敗される存在だ。僕であれば、彼女をお姫様にしてあげられるのかもしれなかった。……運良く王子が通り掛かれば、の話だけど。


 赤く血に濡れた少女を見下ろす。息があるのかないのか。ほぼほぼ同じ状態の僕には見当がつかなくて、閉じられた瞼に手を伸ばせば血がその上にポタポタと垂れていく。彼女の目はもともと赤いからそれはとても自然体のように見えた。どうかしていると、思う。血にまみれた姿が自然体だなんて、それじゃあまるで、
「かいぶつ」
 いつか聞いた彼女の言葉を思い出す。「お姫様になりたい」と、彼女は確かにそう言った。何もかもを諦めた、そんな顔をして。それに「なれるよ」と返したのは自分だった。彼女を慰めようとして、無責任に中途半端な希望を取り繕った。「酷い人」そう罵ってくれればよかったのに、それを言うには彼女はあまりにも無垢だった。”お姫様”だったのだ。
 いつか読んだおとぎ話を思い出しながら彼女にキスをしてみる。彼女が起き上がることはないし、僕たちの呪いが解けることもない。所詮僕は王子ではなく詐欺師で、彼女はお姫様じゃなく怪物だった。それだけが、どうしようもない事実だ。


∴怪姫願望


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