大声で叫ぶ。今まで出したことないような、喉が張り裂けるような、力の限り、精一杯、割れんばかりに、叫ぶ。そうして震える手を差し伸ばして、それでも貴方が振り向くことはなく、

 目が覚めた。大量の汗が気持ち悪かった。

「どうしたの辻ちゃん。隈できてるよ。ちゃんと寝てる?」
 本日晴天、抜けるように真っ青な空もボーダーという箱の中からは一切覗くことなんてできるはずもなく、空調が効いて年中快適な部屋の中、任務を終えて用事があると早々に帰ってしまったひゃみさんと用事がなくても早々に帰ってしまう二宮さんを見送って二人だけになった空間で、何をするでもなくだらだらと過ごしていた。帰ってしまっても全然構わないのになんとなく帰りたくなくて、眠気と怠さを随所で主張する生身を持て余す。そんな俺に向けて暇だし談笑でもしようかと投げかけられた問いに貴方のせいだなんて言えるはずもなく、曖昧な否定の返事を返した俺は机につっぷすといういかにも寝てないですアピールに事欠かない人間のような有様を呈していた。その様子に先輩はくすりと笑って「ちゃんと寝なきゃダメだよー」なんて言いながらこちらに手を伸ばした、瞬間、その手を思わず払いのけてしまって驚き顔の先輩と向き合う羽目になる。あ、マズい。
「……俺、先に帰ります」
 根拠もなく発令した脳内警報にしたがって隊室を出ようとすれば服の首の辺りを掴まれた。「ぐえ」なんて場にそぐわない変な声が出る。恐る恐る振り返れば能面のような顔をした先輩がそこにいて、冷や汗。もうすぐ夏が来るからだろうか、今日はやけに汗をかく気がする。
「辻ちゃん、おれに隠してることあるでしょ?」
 その口調はとても優しく、物分かりの悪い生徒に先生が根気強く教える時のそれによく似ていたが、いかんせん表情との調和がとれていないため俺はただただ滲み出る恐怖との対面を余儀なくされた。どちらかといえば確認より尋問に近い問い掛けは有無を言わさぬ響きを持っていて、ああこの人はこのようにして人の心を抉るのだと初めて知る。そうして心の淵を覗かれつつ、話術で俺がこの人に敵うわけなんてないことは自分が一番知っているためにとうとう自白を余儀なくされた俺の心象は察するに余りあるだろう。それに何より疲れていた。何に対するでもなく。
「……夢を、見るんです。先輩が、どこか、遠くに行ってしまう夢を。俺はそれに気づいてるのに止められなくて、それで、」
 ポツポツとまるで本当に罪人になった気分で白状をする。まるで子供のような自白に我ながら情けないなあなんて思いつつ顔を上げれば先輩はいつの間にか能面からいつも通りの軽薄そうな面持ちに戻っていて、さらになるほどふむふむなどと一人勝手に納得をしているものだからこれはどういうことなのかと思った矢先、ぐいと肩を押され寝不足でお疲れの俺はいとも容易く床に寝そべることとなった。目まぐるしく転回した視界、おまけにぶつけた頭が痛くて何が何やらわからないでいると先輩は俺を見下ろしニコリと二宮さんその他各位に見習わせたくなるような笑みでもって俺の腹にひざ掛けをかけた。つまり、寝ろ、ということだろうか。
「あのねー辻ちゃん、おれもその夢見るんだぁ」
 朦朧とする意識の隅で声が聞こえて来る。
「本っ当に最悪でなんで夢の中ですらアイツの顔見なきゃなんねーんだってずっと思ってたんだけど、そっかぁ、やっぱ苦しいことは分け合わなきゃだよね、うん」

 その日は夢を見なかった。なんて都合のいいことが起こることはなかったけれど、一ついつもと違うことがあるとすれば夢の中で先輩が「おれ”は”どこにも行かないよー!」と大声で手を振っていたことだろうか。鳩原未来の失踪から一ヶ月ほど経った日の話だった。


∴伝染夢


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