初めて会った日のことを覚えてる。
面白いやつがいるんだ。そう荒船に呼び出されたランク戦ブースは行き交う人で雑然としていて、泡沫のように刺さっては消える視線の合間を縫った先、派手な金色の頭をしたソイツはいた。荒船と談笑している後ろ姿、それが不意にこちらを振り向いて、ぱちりと目が合う。刺さってきたのは、興味と、同情。
『他人の気持ちが分かるのと、ソレを理解できるのは別物だよね』
どんな話をしたかなんて細かいことは忘れてしまった。ただ、気持ち悪いと思った。初対面でいきなり心の中を覗き込まれた気がして不快だった。そうしてまた自分が嫌いになった。
だから、コイツのことも嫌いになった。
「あ、カゲ。奇遇だねー。カゲも昼飯買いに来たの?……おっとっと、無視は良くないんじゃない、無視は。ねぇってば、」
耳障り、視線障り。驚くほど正確に俺の神経を逆撫でする声に耳を塞ぎたくなる。昼過ぎの店内はそれなりの人で混雑していて、その隙間を縫うようにしてやって来たのは今一番会いたくない顔と言っても差し支えなかった。目立つ金髪によく通る声、それなのに周囲の人間に溶け込むのがやたら上手い厄介な奴。それだけで済ませられたらどんなに良かったことだろうか。防衛任務のシフトを確認した時から頭の片隅に燻っていた嫌な予感が的中したことに苛立ちが募った。何を食べようかと迷っていたのも馬鹿馬鹿しくなって、目の前にあったサンドイッチを乱暴に引っ掴む。袋が軋む音がした。
「カゲー、顔怖いよ?店員さん怖がってるじゃん」
そう言ってくつくつと笑う。明らかにやる気のない店員を相手にしている時も何故かソイツは俺の隣で騒がしい。しきりに話し掛けてくるその声と視線を無視することに全神経を注いでも、壁を這い上がるようにして溢れる雑音は確実に俺の許容のプールに溜まっていった。一つ、二つ、三つ、数え切れないほどに、数えるのが億劫な程に積み上がっていくそれは元々あまり容量の大きくない器をいとも容易く満杯にする。溢れ落ちたソレが喉を突っついた。そうなれば、我慢なんてものは焼け石に水だ。
「ねぇカゲ、」
「ウッセーんだよ!いい加減にしろ!」
思わずあげてしまった大声。しまったと思ったときにはもう遅い。視線。視線。視線。店中の目という目が俺を貫いた。ただ呆然と見遣る者、眉間に皺を寄せる者、ヒソヒソと小声で話す者。恐怖、迷惑、好奇心。幾重にも折り重なった感情の束は最早暴力と変わりなくて、処理が追い付かないソレに吐き気が込み上げた。こんな所にいたら駄目だ。本能的に示された脳ミソの指示に従って店の外へ飛び出す。誰かにぶつかる。ジクリと刺さる。息が上手く出来ない。本来なら知るはずのない他人の感情が、知りたくもなかった感情が、ただただ気持ち悪くて仕方なかった。
「折角買ったもの置き去りにするとかどうしたの?店員さん困ってたよ?ホラ、おれが持ってきてやったから」
なによりも、ノコノコと袋をぶら下げて近付いてくるコイツが嫌で嫌で仕方なくて。
「カゲってさ、ホント不器用だよね。あんなの一々受け止めようとするから辛いんじゃん。優しいのは良いことだけどさ、それじゃ身が持たないよ?」
心を見透かされているようで気持ち悪い、と思った。その感情がまるでブーメランのように俺に跳ね返る。お前は気持ち悪い人間なんだと誰かが笑う。コイツが笑う。俺が笑う。みんなが、笑う。
「……お前、何がしたいんだよ」
「別に何も。おれはただカゲと仲良くしたいだけだよ。だって俺たち、似た者同士だろ?」
ニコニコと笑って俺にコンビニ袋を差し出すコイツと目が合った。嫌いで嫌いで仕方ない頭の中が、覗きたくもない頭の中が見えてしまう。知りたくもない腹の内、そこに示された友好に俺は手を差し伸べることができない。
∴同族嫌悪