「アッハッハッハ!」
 まるで地鳴りのように大きな笑い声。ご近所迷惑にもなり得るその大音量をスルーできるほど俺は寛容ではなかった。洗濯かごを抱えたまま寝室のドアを開けば案の定アホ面の大男が笑い転げている。床には広げられた雑誌が一冊。とりあえず、かごの一番上に乗っかっていた奴の下着を掴んでアホ面目掛けて投げつけた。ぐえっ。笑いやんだ。
「何を見てたんだ?」
「ちょっと!いきなりパンツ投げるとか酷くない!?」
「何を、見てたんだ」
「あー……、えーっと、これ」
 そう言って太刀川が差し出したのは裸体の女性が艶かしくこちらを見つめるエロ本、ではなく、ゴシップ系の週刊誌の見開きページだった。タイトルにはそれはもう大袈裟なほどデカデカとした文字で『恐怖!ボーダーの本当の姿!』と書かれている。文字のサイズが大袈裟なら中身も大袈裟だった。そこに連なるのはボーダーに纏わる根も葉もない噂話。よくもまあこれだけのデタラメを思い付けるものだと感心すら覚えるそれは、地方の潰れかけの出版社による恐らくは炎上目的と思われる記事だった。ジョークにしても少々物足りない、そういう代物だ。
「ねえねえ風間さん、この記事だと俺スッゴい女ったらしにされてるんだけど!ウケる!」
「どうせなら殺人鬼くらいにしてくれればもっと見応えがあったんたがな」
 洗濯かごを置いて、未だに記事をバンバン叩いては飽きもせずに笑う太刀川の手から雑誌を剥ぎ取り本棚にしまう。それなりの幅をもつ本棚には似たような装丁の雑誌が所狭しと並べられていて、その隙間に無理矢理捩じ込んだら表紙がぐしゃりと折れた。けれどわざわざ取り出して伸ばすのも面倒なのでそのまま放置する。そんな価値もない雑誌だ。ここには、そういう本がうじゃうじゃと詰まっている。一々取り合ってはいられない。
「風間さん律儀だよねぇ。一々気にするほどのものじゃないでしょ」
「どんな些細なことであれ、把握しておくことに損はないからな」
 ふーんと興味なさげに呟いて太刀川は本棚から目を外した。そこに詰められたゴシップ誌は一時的な笑いをもたらしたものの、オモチャにするにはつまらないと判断されたらしい。戦うことを、その時己の目の前にあるものを斬ることを本能として生きるこの男からすれば、人の横から揚げ足を取るための言葉なんて心の底からどうでもいいことに違いなかった。入り乱れる人々の思考も何もかもが、太刀川からしてみれば取るに足らないことだらけなのだろう。きっと、この世にボーダーが存在していなかったならばコイツは酷くつまらない人生を送っていたのだろうなと想像して、やめた。ボーダーが存在するのがこの世界だ。それ以外のことなんて考えても時間の無駄だった。
「ねえねえ、このまんま俺がさぁ、世間から石を投げられるようになったらさぁ、どうする?」
「投げられる予定があるのか」
「例え話だって」
 例え話。本棚に乱雑に押し込まれた雑誌をチラと見ながら、もう既に投げられてるも同然なんじゃないかと、思う。市民の、世間の不平不満の矛先は往々にして身近なものに向けられがちで、未知の世界からやって来た謎の化け物と、それらから自分達を守ってくれなかった防衛機関、どちらがより身近かは明白だった。それに加えてボーダー一位、つまり最強。そんな肩書きを飄々と背負っていればいやがおうにも世間の目に止まる。絶好の的として。
 けれどコイツは馬鹿だった。素晴らしく、馬鹿だった。
「……それでも、お前は必要だ」
「それってボーダーにとって?それとも風間さんにとって?」
「自惚れたければ勝手に自惚れろ」
「じゃあ自惚れとくね」
 そう言って太刀川が俺を引き寄せたから自然とその体に埋まる形になる。何がそんなに嬉しいのかニコニコと笑う姿を見て、コイツが馬鹿で良かったと心の底から思った。


∴空言並べて数えた日々/孤白


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