「生き辛くないの?」
それは率直な疑問だった。キョトン、そんな効果音が聞こえてきそうな顔をして、文字通り真実しか寄せ付けない二つの瞳がオレを捉えた。A級からC級まで雑多に人が集まるラウンジは個人戦のお誘いやら作戦会議やらで騒々しい。だから無意識の内にこぼれてしまった小さな疑問が拾われない可能性だって充分にあったのだ。というか、拾われない方が良かった。疑念の視線を向けられるのは好きじゃない。特にこの人からのものは。
「そんなしんどそうに見えるのか?」
「いや、全然見えないけど‥‥‥」
「ほぅ、ならどうして」
「‥‥‥なんとなく?」
ひきつりそうになる口角を無理矢理持ち上げて、精一杯の笑顔を作ってみる。所詮はごまかし、姑息な一時しのぎ。案の定遊真先輩の目付きが更に鋭くなって、なんだかとてつもなく悪いことでもしたみたいな気分になる。まるで最終判決を待つ被告人のような。そんな感じ。
「お前は嘘が下手くそだよ」
こぼされた言葉が喧騒の合間を縫ってオレの耳に届く。嘘つきが下手くそ。誉められてるのか貶されてるのか皮肉られているのか、いまいち釈然としない言葉だと思う。嘘をつくのは悪いことで、でも正直者は馬鹿をみるのが常な世の中。まったくもって生き辛い。こんな世界に一体誰がしたのやら。
「遊真先輩にはサイドエフェクトがあるから」
「んーでも、お前の嘘はそんなものを使わなくったって分かるぞ」
「うるさい。オレだってもう少し大人になればきっともっと上手に嘘がつけるようになってるはずだし」
一瞬、遊真先輩がとても寂しそうな顔をした気がした。でもそんな顔はオレが驚いてまばたきを一つする間に消えてしまって、ついでに言うと長らく向けられていた疑念の視線もなくなって、そこにあるのはいつも通り、飄々として自信に満ちた先輩の顔。
「そりゃあ楽しみだな」
「……遊真先輩も言うほど嘘つくの上手じゃないよね」
「ミドリカワに言われるとはこりゃ心外」
そうしてまたケロリと笑った遊真先輩はこの世界を一ミリも苦と思ってないような、そんな晴れ晴れとした姿をしていた。このラウンジには、人がたくさんいる。人がたくさんいると、嘘もたくさんある。悪意の嘘も善意の嘘もない交ぜになった空間で、この人は何を信じているのだろうか。
オレたちはまだまだ子供で、嘘のつき方も嘘の見破り方も嘘の見逃し方も半人前で、純真無垢な世界を諦めきれていないけれど、願わくば、この人にとって少しでも生き易い世界になりますようにと思うことくらい許してほしいのだ。その頃にはきっと嘘つきが下手くそなオレは消えてしまっているのだろうけど。
∴青心のぼくわたし/孤白