※捏造。


 その椅子は禁忌だった。隊室の中央、真四角な机の角、申し訳なさそうに配置されたプラスチック製の椅子は、綺麗に整理整頓された部屋の中で明らかに浮いている。
「あの人も女々しいよねえ」
 机の一辺に正しく収められた椅子、そこにだらしなく腰掛ける犬飼は言う。視線をさ迷わせる先には無人の椅子が二つと、少年少女が一人ずつ。
「いい加減、あの椅子捨てちゃってもいいんじゃないの?毎回引っ掛かりそうになるんだけど」
「先輩がもう少し落ち着けばいいんじゃないですか?」
「辻ちゃん酷いなー。ひゃみちゃんもそう思うよね?」
「私も犬飼先輩はもう少し落ち着くべきだと思いますよ」
「うわ、二人とも冷たい」
 さして広くない室内は声がよく響く。犬飼の軽口に辻と氷見が反応して、二宮が溜め息を吐き鳩原が苦笑いを漏らす。それが彼らのあるべき姿だった。
 けれど平穏というものはなんの前触れもなく崩壊するものである。鳩原未來の失踪により彼らの秩序は跡形もなく崩れ去った。まるでこれまでの日常を嘲笑うように。
「でもまあ、動かさない方がいいでしょうね。前に片付けようとしたとき凄い剣幕でしたし」
「そんなことしたって何にも伝わらないのにね」
「自己満足ですよ、きっと」
 彼女の椅子は彼女の意志だった。真四角のテーブルに五人の人間。誰か一人を仲間外れにしなければならない。それならばと小さく、けれど真っ先に手を挙げたのが彼女だった。二宮はお前がそう言うのならと淡々とプラスチックで出来た軽い椅子を机の角に置いた。その時のことを彼は覚えているのだろうか。彼女がいた日常を覚えているのだろうか。
「暇だねー。トランプでもする?」
「持ってるんですか?」
「ないよ。カゲのところから借りてくる」
「椅子、転ばないように気をつけてくださいね」
 蹴躓いてしまいそうな目障りな場所に、それはいつまでも鎮座している。凍えるほどに冷えたその椅子だけが、鳩原未来がこの部屋に存在していた事実を静かに伝えていた。


∴椅子の多い部屋


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