大人というものは総じてズルいものだと伏見はよく知っていた。それと同時に、ズルを積み重ねて大人になるのだということも知っていた。ガラス細工のように緻密で巧妙なズルを体に纏わせては、真夜中にそれらをスルリと脱ぎ捨てるのである。その癖子どもには悪びれもなくズルをするなと説法するのだった。そういうところが、とてもズルい。
 伏見にとって草薙はそんなズルい大人の象徴のように思えた。バーHOMURAはその名の通り酒を呑み交わす場所であり、不良の溜まり場としていくらかその用途が薄れた昨今でも、カウンターにずらりと並ぶ色とりどりの酒瓶はまるで自分を押し返すような冷やかさを湛えている。外はもう人工の灯りがぽつぽつ道を照らす以外はまったくの暗闇で、けれど真夜中というにはまだ早い、そんな中途半端な時間の狭間にこの店は置き去りにされていた。そんな外の景色を他所に、この店の店主も務める草薙は横文字の書かれたラベルの中から無造作に取り出した名も知らぬ酒をとくとくとグラスに注いでゆく。薄い赤色の綺麗な色をしている液体だった。美味しそうだなと、伏見はカウンターの隅に腰掛けながら思う。実際、あの草薙が選ぶ物だから美味しいのだろうとは思うが、自分にはその味を確かめる権利が無い。代わりというように差し出された同じような色のスパークリングは、似たような見た目をしておきながらその実まったく違う飲み物で、なんだか無償に腹立たしくなって一気に飲み干した。少しだけ噎せた。
「はは、そんなに急がんとも逃げへんのに」
「……何がですか」
 ケホと小さく咳を溢して伏見は草薙から目線を反らす。店の中央では何時ものように八田がいっそ耳障りなほどの大声で笑っていて、それが伏見を余計に苛立たせた。いっそ帰ってしまおうかと伏見が考えても、タイミングを謀ったかのように草薙が頼んでもいない新しいグラスを差し出してくるものだから帰るに帰れない。伏見は恨めしげに草薙を睨んだが、それに気付いてるんだか気付いていないのか、草薙は悠長に自分で入れた酒を傾ける。
「勤務中に飲酒なんてしていいんですか」
「別にええやん、ちょっとくらい」
 あからさまに棘を含んだ問いも軽く受け流す様は、どこからどう見ても自分を子ども扱いしてるようだった。十も二十も離れている訳でもないのに、草薙と伏見の間には高い壁があった。或いは、深い溝かもしれなかった。視線を埋め尽くすアルコールがぎゅうぎゅうと伏見を押し潰す。
「俺にも酒、少しくださいよ」
「コラ、未成年はジュースで我慢しいや」
「でも草薙さんは学生の時から飲んでたんでしょう?」
 伏見の問いに草薙は少し呆けたような顔をした後、クツクツと笑いだした。「伏見、お前やっぱ頭ええなあ」なんて言っては、伏見の訝しげな視線が更にきつくなるのにもお構い無しでグラスを煽る。ツンと刺す酒の匂いが鼻を掠めた。噎せかえるようなそれのせいで、急に酒が飲みたくなくなった。
「ま、俺は仕事やったからな」
 子どもがバーで働いて良いのかよ、なんて質問はするだけ面倒だった。まったくもって大人とはズルい奴である。


∴ズルい人


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