人気の少ない廊下に木目の床がギシギシと歪む音が響く。すれ違う人もいない寂しい廊下にも関わらず、三日月は軽やかに足取りを弾ませながら上機嫌に顔を綻ばせていた。その手にはちょうど彼の頭にあるのと同じような美しい金の髪飾りが握られている。
「帰ったぞ」
 足取りと同じくらい軽やかに襖を開け、彼は薄暗い部屋の中ぼうと浮かぶ人影に声を掛けた。人影はゆっくりと首を動かし、鏡面のような瞳に三日月を映す。その身は三日月と比べても遜色ないほどに豪奢な着物に彩られ、部屋の奥、大事に大事にしまわれるようにしてそこにいた。まるで人形のように。
「良い子にしていたか?同田貫よ」
 まるで赤子をあやすように三日月は語り掛ける。見惚れるような微笑みを浮かべ、心の底からの慈しみを湛えながら同田貫の頬を撫でた。時折指に引っ掛かる傷でさえも酷く愛しく、思わず自分より幾分か小柄な体躯を引き寄せ口付けを施せば、彼はそれがさも当然であるかのように三日月を迎え入れるために口を開いた。ざらりとした舌の感触が心地好い。酔うようにして口付けを交わし、その残り香が部屋を甘く漂う頃、三日月は思い出したように金の髪飾りを同田貫の眼前に差し出した。
「お前に似合うと思って主に無理を言って貰ってきた。お前の瞳とおんなじ色だ。どうだ、綺麗だろう?」
 同田貫が瞬きを繰り返しながら金の髪飾りに焦点を合わせる。その目には驚きも喜びも映し出されない。
「こういうのを巷ではお揃いと言うらしい。はは、嬉しいものだな」
 頭に重石が乗せられることに気付かないはずがないのに同田貫はじっと黙っていた。戦に不要な豪華な装飾、動きづらい重たい衣服、それらに口答えすることもなく三日月のなすがままになる。彼は三日月の為だけに存在していた。そしてそれを理解していた。だから彼はまるで本物の人形のように中身を空っぽにして、同田貫という名前の器になったのだ。最早その名が何を示すか分からないというのに。
「美しいぞ、同田貫」
 同田貫という名の肉の塊に三日月は甘く甘く囁いた。似合いもしない装飾を施して、日本一美しいと謳われるその口で「美しい」などとのたまうのだ。悪意なき拷問とでも呼ぶべきだろうか。彼に罪の意識はない。
 同田貫の金の瞳に三日月が反射した。その光が彼の空洞を埋めることはない。


∴過飾症


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