拝啓。
 今年もまた、蝉の五月蝿い季節がやって来ました。覚えていますか、帰り道の公園の木に蝉の脱け殻を見つけた時、あなたが嬉しそうに見せてきたことを。俺はよく覚えています。高校生にもなって、今時小学生のガキでも喜ばないようなことで逐一はしゃぐあなたのことを心の底から馬鹿だと思いました。今でも馬鹿だと思っています。呆れて声も出ないほどに。

 白紙だ。俺の目の前には白紙の紙が一枚、薄っぺらな面を向けていた。どんなに頭の中で思考を巡らしたところで右手のボールペンが動くことはない。何もないはずの白が無性に腹立たしくなって、苛立ちのまま紙を丸めて宙に投げた。白い塊は綺麗な放物線を描きゴミ箱の縁に当たって塵一つないフローリングに落ちる。銃手だった先輩ならきっと外さないんだろうな、なんて、ぐちゃぐちゃになった紙を拾いながら思った。ゴミ箱の中、同じように丸められた紙の隙間に拾ったソレを押し込みながら、熱心な環境保護団体に見られたらお叱りを受けそうな白紙のゴミ山を見て自嘲する。どうせならコイツらと一緒に焼却炉で跡形もなく燃えてしまいたい気分だった。

 犬飼澄晴が姿を消して二年になる。あの日はいわゆる猛暑日というやつで、テレビがあんまりにも熱中症に気を付けろと五月蝿いから、いつもより冷房の温度を二度下げていたのだ。「午後、お前ん家行くから」そんなメールが届いた時も、こんな暑い日に馬鹿だなあとしか思わなかった。だから俺はそんな馬鹿なあなたのためにわざわざアイスを用意したり部屋をキンキンに冷やしたりしたのだ。余計に暑苦しくなるようなことに身を興じることになるのは想像に難くなかったから。
 それなのに、折角こっちが気を回してやったというのに、あなたは俺の部屋に来なかった。涼しいを通り越してただ寒いだけの部屋で俺が何を思いながらあなたを待っていたのかなんて想像することも出来ないんだろう。そもそも、そんな想像、しようとすら思っていないかも知れませんね。あなたはそういう人間だ。
 あなたが消えた時、二宮さんは「お前もか」と一言呟いただけだった。怒りだとか、寂しさだとかは感じ取れなかった。もともと感情を表に出す人じゃないから読み取れなかっただけかもしれない。あるいは、慣れてしまったのか。

 俺も今はボーダーから身を引いて都内で一人暮らしをしている。都会の喧騒の真っ只中に立つ箱の中じゃ汗をかくことも蝉の鳴き声を五月蝿いと思うこともない。その内、あなたが消えた季節のことも風化していくのかと思うと、どこかやるせなくなって来た。煙草を吸うためにマンションのベランダに出れば都会のコンクリートジャングルから発せられる熱気が俺を襲う。今日の最高気温は36度だと天気予報が伝えていたのを思い出した。人肌と同じか、それ以上に暑くすら感じる熱気がただただ不愉快で仕方ない。こんな温度を喜んでいた自分が馬鹿馬鹿しかった。
 茹だる頭で眼下を忙しなく移ろう人間を見下ろす。勿論あんたの姿はない。


∴盛夏あなたがそばにいない/さよならの惑星


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