腕が伸びてくる。反射的に後ろに下がろうとして、そうさせないために両足に力を込める。怯えていると、恐怖していると思われるのが嫌だった。まるで何もかもを見透かしているとでも言いたげな顔をするこの男が大嫌いだった。
 頭に鈍い違和感が走る。伸ばされた手が自分の角に触れていた。
「あのさ、」
「……何だ」
「あはは、そんな露骨に嫌な顔しなくても」
 腕を払えば存外あっさりと手は離れていった。何がしたいのか意図が全くと言っていいほど読めない。コチラの人間は大なり小なりそういう人間が多かったが、コイツはその中でも異常だ。そして恐らく、それを自覚した上で飄々とした人物像を演じているのが腹立たしかった。
「言いたいことがあるなら早くしろ」
「ああ、まあ大したことじゃないんだけどさ。その角、」
「角?」
「うん。その角、お前の体の一部なんだろ?」
「今更そんな当たり前のことを聞いてどうする」
「そっちの世界だと当たり前なのかもしれないけど、こっちじゃ前代未聞の技術だからな。そういうのいっぱいあるだろ、逆も含めて」
 まるで世間話でもするみたいに軽やかに言葉が紡がれていく。実際、奴からしてみれば他愛ない世間話の一つなのかもしれない。どこの世界に捕虜と世間話をする馬鹿がいるのかと怒鳴りたくなったが、もしかするとこの世界だとそれが当たり前のことなのかもしれなかった。なんて、考え出した頭が心底不愉快極まりない。
 毒されていた。この世界に。この男に。
「その角折ったらさ、お前、死ぬのかな」
 息をする度に思想が塗り替えられていく心地がした。そのくせ、何一つ分からないことばかりが増えていく。例えば、何を思ってこの男がこんな言葉を口にしたのか、だとか。
「……お前のサイドエフェクトには未来を見通す力があるんじゃないのか」
「たまにさ、おれのサイドエフェクトを万能か何かと勘違いする人いるんだけど、たとえおれでも絶対に起こり得ない未来とかは見れないからな?」
 そう言ってへにゃりと困ったように笑う。そんな風に笑ってまで、どうしてありもしない例え話をするのだろう。現実味のない夢なんて抱くだけ無駄な物。そんなことに貴重な時間を使うのならばお国のために働きなさい。そう言われながら育ってきた。そしてその通りに育ってきた。この国の人間は皆呑気で、かと思えば唐突に急所を抉ろうとする。もしこのままこの世界に留まれば、この男が自分の常識となるのだろうか。この男の考えていることが分かる日が来るのだろうか。
「折らないんだな」
「そりゃそうだ。せっかくそんなに綺麗な角なのに折っちゃうなんて勿体ないだろ?」
「変な奴だな」
「よく言われる」
 いつかそんな日が来るとして、その時はきっとこの角も折れてしまっている気がした。それで多分、オレは困ったように笑うんだろう。今はまだ知らぬ思いを抱きながら。


∴ユニコーンを捕らえるために必要なこと


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