ゾッとするほど青白い肌が目を引いた。窮屈な思いをさせることがないようにと、わざわざそれなりに広い部屋を用意したにも関わらず部屋の隅に踞る男は目ばかりをギラギラとさせて私を認識する。骨の浮いた皮膚はまるで死人のようで、余計に生気の宿った両目が異質だった。
「腹が減っただろう」
「減ってなどいない」
「嘘をつくな。いい加減、大人しく何か食べたらどうなんだ」
「敵やも知れない者の飯など誰が食べるか」
押し問答とも言うべき不毛な会話だった。あの男はとてもじゃないが手に負えないと、彼の世話を命じた社員が口々に漏らしていたのを思い出す。だからこうして当事者の一人でもある私が自ら彼の元に訪れているわけだが、依然として彼は態度を変えるつもりはないようだった。
今、私の手元には一斤のパンと一皿のスープがある。特に趣向を凝らしたわけでもない、ごくごく普通の食料だ。これを目線に入れてない筈がないにも関わらず、彼は頑なに食べ物を口にしようとしない。非効率的かつ非生物的と言わざるを得なかった。飢えをも抑制する意志の強さは賞賛に値するが、そのせいで動けなくなるのは本末転倒というものだろう。私にとっても、そして彼にとっても。
「命令だ。食べろ」
「断る」
このままでは埒があかない。けれどこのまますごすごと引き下がるのではわざわざ私が出向いた意味が無くなってしまう。
仕方ないと言う代わりに溜め息をついた。スプーンでスープを掬えば、彼は訝しげな目線をくれる。それに気づかないフリをしてスプーンを彼の口に押し込んだ。零れた液体が彼の服を汚す。
「何をする!」
喚き叫ぶのを無視してもう一度スープを掬い、今度は零れることがないようにと左手で彼の口を強引に開かせた。抵抗するように白い腕が伸びてくるが、衰弱の始まった体で出来ることなど限られている。
吐き出されることがないようにスプーンを喉の奥まで差し込めば、えぐと一つえずきながら彼の喉元が上下に揺れた。ようやく、一口。私の左手にはくっきりと歯形がプリントされていた。押さえている間、彼がずっと噛んでいたからだった。
「観念したらどうだ」
「……嫌だと言ったら」
「何度でも繰り返すだけだ」
彼が露骨に嫌悪を顔に出す。けれど恐る恐るというように皿に手を伸ばすと、ちらりとこちらを一瞥した後、勢い良く食べ始めた。最早食事と呼ぶのを躊躇うほど乱雑に食物が口の中に消えていく。彼の、生き物らしいところを初めて見たような気がした。このスープとパンがいずれ彼の血肉になるのだと思うと得も言われぬ興奮が湧き上がる。ずっと手中に収めておきたいと思った。金色の目をギラギラと光らせては、私の命をも仕留めんと首筋を狙う猛禽類。躾もなってなければ、従順にも程遠い。きっと飼うのは大変だが、出来ないこともないだろう。
一瞬で全てを平らげた彼が乱暴に食器をこちらに寄越した。食後特有の、少しばかり警戒の緩くなった様子に満足する。左手の跡がじくりと疼いた。
∴召し上がれ