(視線が、熱い)
坂本龍馬という人間は人の心の機微に聡く、時に人たらしとも呼ばれる人物であったという。彼の刀であった自分もまたそれに似たのだろう。他人の顔を見れば相手が何を考えているのかはだいたい想像がついたし、それを使って上手いこと立ち回っている自負もあった。
(けんど、コレはちっくと厄介じゃのう)
ろくに隠しもせず堂々と晒された好意が空気を甘くしているみたいだった。これはもう、意識しない方が難しいんじゃないだろうかというほどの好きが自分に向けられているのは何ともむず痒く、そして気恥ずかしい。こんなことで一々顔を赤くするのも馬鹿みたいだ、なんて思いながら発生元の和泉守を見やれば、自分の目線に気づいたらしい彼はふいと目を反らした。けれどその顔には気恥ずかしさみたいな初々しいものは微塵も見当たらなくって、最大の厄介物件「鈍感」の存在をひしひしと感じる。
和泉守とは割りと仲が良い、と思う。最初こそ元主の遺恨とやらでしょっちゅう対立していたけども、それさえ流してしまえば話が合う分気兼ねない仲になるのは難しいことではなかった。互いにさっぱりした性分をしていたのも理由の一つかもしれない。今でもたまに喧嘩こそするけれど、多分喧嘩するほどなんとやらという奴なので放っておく。どうせ酒でも入れば直ぐにまた一緒に騒ぎ合えるようになるのだ。自分から見れば和泉守はそれぐらい単純な人間だったし、単純が故の好ましさも多かった。
例えば、前の主のことで喧嘩をしても次の日には「まあ昔のことだし」で片付けてしまう呆気なさ。好物を作ってやれば目を爛々と輝かせて「もう食べていいのか?」と催促してくること。戦で自分が怪我をすれば茶化すような言葉の隙間に「大丈夫か?」って心配そうな優しい声が聞こえてくること。決して素直な良い子じゃないけれど、それでも一緒にいたいと思わせてくれるような。
(これじゃあ、まるで)
「はぁ……」
「なんだよ。人の顔見るなりいきなりでけえ溜め息なんかつきやがって。失礼な奴だな」
「ミイラ取りがミイラになった気分じゃ……」
「ハァ?何だソレ」
訳が分からないとでも言いたげに和泉守が眉間に皺を寄せる。そんな顔も何だか可愛いなと思ってしまったものだからコチラもかなりの重症らしい。恋の病とはよく言ったものだ。
「和泉の、わしゃあおんしのことが好きぜよ」
「ばっ、いきなり何言い出すんだよこの野郎!」
「せやから今夜は一緒に飲むぜよ」
「お、おう?うん、まあ、そうだな、飲むか!」
上手くはぐらかされたことにも気付かずに和泉守は楽しそうに騒ぐ。そんな姿を愛おしいと眺めながら、もう少しだけこの浮遊感に漂っていたいと思うことくらいは許して欲しいのだ。
∴恋とは落ちるものだと偉い人が言った、らしい/魔女