∴其処に置いてきた



カラコロと、氷しか残っていないアイスティーをストローで弄んでいた。都会の隅っこに無理矢理押し込んだようなファーストフード店の、さらにその隅っこの窓に隣接する向かい合いの席。どちらかと言えば店の中でも特待席にあたるような場所だけれど唯一残念なのは窓は北向きに開けているので太陽の恩恵が受けられないことだ。ほら、無理に押し込むからそうなる。カラコロ。氷が鳴る。ストローを一回転する合間の思考、終了。

「ねえ、征ちゃん。次はどこ行こうかしら?」

向かいに座る玲央はそれはそれは嬉しそうに笑顔を隠さない。花が飛んでいるのが見えそうだ。もちろん僕のように氷を掻き混ぜるだなんて行儀の悪いこともしない。
その玲央を取り囲むようにして、色とりどりの紙袋がちょうど花のように四つほど、僕の視界の端に写り込んではチカチカしていた。その中にはきっと今日一日の戦利品である洋服が詰め込まれているのだろう。生憎と僕はファッションに関してあまり敏感ではないため、少し馴染めないデパートの雰囲気の中斜め後ろから玲央の引っ付き虫をしていたのだが。

「あのね、征ちゃんには×××が似合うと思うの。でも○○○も捨て難いわねぇ」

聞き慣れないカタカナ単語がいたずらに耳を刺激しては留まることなく流れてゆく。僕はまた氷を掻き混ぜながら暇つぶしにもならない思考を巡らした。玲央には申し訳ないけれど僕は退屈だ。

「もし行きたい所があったら遠慮なく言ってね。だって買い物をしてるの私だけじゃない。せっかくのオフなんだから、もっと楽しまないと!」

玲央の言葉を聞き流しながら氷を掻き混ぜていたのだけれど、ふと、行きたい場所というものを思いついて、それをろくに確認もしないまま気がつけば口に出していた。途端にそれまで上機嫌だった玲央の顔が苦虫をかみつぶしたようにくしゃりと歪む。それを見て考えなしに口にするものじゃなかったと後悔するも既に僕の言葉は玲央に聞き届けられた後であって、今更なかったことなどできない。

「すまない。別に気にしなくて、」
「いいわ、行きましょう。だって私、今日一日征ちゃんを振り回してばっかりだったもの。征ちゃんにも我が儘を言う権利はあるのよ」

そう言って笑った玲央からは、先程の苦渋は消えているようだった。それに柄にもなくホッとして胸を撫で下ろす。「じゃ、行きましょうか」席を立つと、その席を狙っていたのかいないのかカップルとおぼしき二人がそそくさと場所取りをしていた。なんとなく居場所を奪われたような感覚がして、なんとなく心寂しい。





「シューズは借り物でいいわね」
「ああ、もちろん」

地図だけ覚えていた市民体育館は思っていたよりも綺麗だった。聞けばまだ出来てから五年と経ってないようで道理でと一人納得していたけれど、それでもたかが公共施設。床には埃が溜まっていて、準備運動より先に、まずはモップがけの作業から入る。
これがまた随分と久しぶりの感覚だったもので驚いた。洛山に来てからも主将という立場場、雑務は他の一年に任せっきりで自分は試合の作戦だの練習メニューだのを考えるのに忙しい生活が続いていたせいか、前にモップを握り締め体育館を駆けたのが遥か昔のことに感じる。多分中学一年まで遡るだろう。ああ、これも懐かしい。あの頃はまだテツヤと涼太はいなくって、まだアイツらもただのデカイ奴止まりだったんだっけ。今思うと実に滑稽だ。まあ、すぐにそこら辺の先輩達を追い抜いてしまった訳だけれど。

「何か面白いことでもあったの?」

どうやら僕は無意識の内に笑ってしまっていたらしい。おかしいな、ポーカーフェースには自信があったのだけれど。僕がそう言うと玲央は「目を見ればわかるわ」と少し笑みを含んで言う。なるほど、これは小太郎や永吉にはできない芸当だ。もし彼らが僕と一緒にこの体育館にいたらきっとモップがけ競争を始めるだろうから。

「少し昔を思い出してね」
「昔?」
「ああ、中学の頃の話だ」

僕の隣でモップをかけていた玲央がピタリと足を止めた。つられて僕も歩みを止める。何だろうと思って玲央の顔を覗き込んでみると、またその顔に渋面を作っていた。何かいけないことを言っただろうか?しかし今回ばかりは身に覚えがない。仕方なく、玲央がアクションを起こすのを待った。

「‥‥‥オフの日くらい忘れたっていいのよ」
「何を?」
「自分で考えなさい」

お姉さんと呼んだほうが相応しい口調でそう言うと、玲央は近くにあったボールを放り投げた。それは綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれる───なんてことはなく、バックボードに勢いよくぶつかって勢いよく跳ね返った。シュートフォームすらとってなかったんだから当たり前だ。

「‥‥‥珍しいな」
「別に、たまにはこうやって初心者みたく放ったりしたくなること、あるでしょ?」
「まあ、否定はしない」

いわゆる回帰という奴だろう。昔々のあの頃に戻って、何かができる訳でもないのに。そもそも戻ることなんて出来やしないのに、そこに何かを忘れてきた気がした。懐かしい、あの中に。

「‥‥‥余計な時間潰しはいいから、早くモップをかけてしまおう」
「ハイハイ、わかってるわよ」

それでも過去は過去だ。たとえどんなに大切な物をそこに置き忘れてしまったとしても、タイムマシンに乗らないかぎりは置いてきぼりのまま。そして僕が生きていり間にタイムマシンが完成することはないだろうからそれいつまでもほったらかしなのだ。僕に出来ることと言えば未練を残すことかそれを断ち切ることくらいしかない。だから未練を断ち切って、それを思い出として切り離すことにした。それが一番煩わしくないはずだから。

素っ頓狂な方角へ転がって行ったボールを置いてけぼりにして、僕はまたゆっくりとモップを動かした。



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ルルドと映日』様に提出。

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