∴今日だけ特別



街全体がピンク色を帯びて、ハートマークがそこら中を飛び交う季節がやってきた。そわそわする男女の耳を、四方八方から流れ続けるラブソングが刺激してはノイズを残して消えて行く。(たまに自分の歌があると死にたくなる。)そんな風にして、今年も学生と製菓会社の祭典であるバレンタインデイは休演することなく始まるのだ。

「はい、如月ちゃん。これファンからのチョコレートね。やっぱり誕生日も重なってるせいか凄い数になってるけど、全部貰ってく?」
「あー‥‥‥、無理ですね‥‥‥」
「じゃあ、事務所の方で分けちゃうけどいいかしら」
「お任せします」

そして同時に私の憂鬱も始まる。



『ハッピーバレンタイン&ハッピーバースデー!』

事務所から持ち帰ってきたチョコレートの袋の、そのほぼ全てに刻まれた文字。「ああやっぱり」と肩を落とせば、「ファンの皆さんがせっかく贈ってくれたんだから大切に食べなさいよ」ってまるで私の心の中を見透かされたみたいな注意をされた。わかってる。わかってはいるんだけれども、やっぱり自分のモヤモヤが晴れることはなかった。

昔から誕生日プレゼントにチョコ以外をチョコ以外貰ったことがない。インパクトがあるせいか日付を覚えていてくれてもこうもチョコレートオンリーだと中々気が滅入る。(チョコレートは味が単調過ぎてあまり好きじゃない。)どうせならそこら辺のコンビニのあたりめを貰った方が嬉しいのに。そんなことをお兄ちゃんに話したら「それ絶対俺以外には言うなよ」って言われた。やっぱりあたりめアイドルは世間的に問題があるらしい。世の中は結構甘くない。

「おじゃましまーす‥‥‥」

そんな鬱々としたした気分を引きずったままメカクシ団アジトの戸を開ける。奥へと入って行けば見慣れた顔達がソファに寝そべったり何なりとくつろいでいた。バレンタインの面影は、ない。流石は変人集団、聖バレンタイン本人もビックリのスルースキルだ。
少しだけ気分がよくなった私は早速戸棚の中からあたりめを取りだし口の中にほうり込んだ。(あまりにも私がいろんな食べ物を持ち込むので団長さんがスペースを作ってくれた。)うん、やっぱり美味しい。チョコレートの甘さに慣れた口にはこれが堪らないのだ。

「キサラギ、来てたのか」
「あっ、はい」
「そっか、ちょっと待ってろ」

私があたりめの幸せに浸っているとエプロンを身につけた団長さんがキッチンから出てきた。お昼ご飯にしては大分遅いけれど‥‥‥。と少し思考を回したところで今日がバレンタインデイだと言うのを思い出して納得。なんだ、別にスルーしてるんじゃなくて、メインイベントは終わったから皆こんなにくつろいでいたのか。おそらくこの後団長さんの手にはチョコレートが握られているのだろう。でもどんな顔をして受け取ればいいのだろうか。そんな不安がよぎる。

「ほら」
「へ?」
「いらないのか」
「もちろんいります!けど‥‥‥」

予想通り、団長さんの手にはピンク色に綺麗にラッピングされた可愛らしい小袋が握られていた。こうみえて乙女な所がある団長さんがこの日を見逃す訳がないよな、なんてことを顔に出さないように気をつけて、けれど上手く隠せなかった声が低いトーンに落ちていく。ダメだなぁ、私。人からのプレゼントも素直に受け取れないだなんて。そうやって、酷い言い方だけど何も期待しないで言われるがままに袋を開けたのだけれど。

「えっ、これって‥‥‥」
「残念だが、味の保証はしないからな。怖くて味見できなかった」

袋の中にあったのは可愛らしいチョコレート、ではなくて無機質なタッパー。プラスチックに光が反射しているせいで箱の中を覗きづらいのだけれど、でも、私の好物だというのはわかった。なんで?どうして?私の頭の中を色んな疑問が選ぶ間もなく駆け巡って、言うことを失った私はただ団長さんの目をじっと見た。暖かい目だった。

「誕生日おめでとう」

少しだけ照れるように、素っ気なく言われた言の葉。けれどそれはピンクや金で派手派手しく装飾されたそれをよりもよっぽど私の中に響いている。もうすっかり、さっきまでの憂鬱だなんて吹き飛んでしまった。
その一言が、気持ちが、すごく嬉しくて、多分私気持ち悪いくらいににやけてると思う。なんかもう一生分の幸せを使い切っちゃったんじゃないか、って心配しちゃうくらいには。そんな心配はその後に浴びせられたクラッカーのおかげで杞憂に終わったんだけどね。



title:joy

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -