∴よくある恋愛擬き



掴んでみた手首は思っていた以上に細かった。僕が本気で折ろうと思えば折れてしまうのではないだろうか。

「‥‥‥なんか言えよ」
「あ、いえ。細いなぁと思って」
「人のこと押さえ付けて言うセリフがそれか?」

口をへの字にする兄様はかなりご機嫌ななめのようだった。原因は顔にかかっている金と茶が入り混じる髪の毛あたりだろうか。鬱陶しいなら切ればいいのに。‥‥‥なぁんて、冗談だ。

実の弟である僕が言うのもなんだけど、兄様の顔はとてもよく整えられている。つり目がちな目は睫毛が綺麗に揃っていて、鼻も高ければ顔も小さい。それは兄様がファンだの何だのに囲まれているときにより一層際立って見えた。だから毎日のように兄様宛てのラブレターが届くんじゃないか、糞。じゃなくて。

「なんて言うんでしょうか‥‥‥、欲情?」
「聞かなかったことにしてやる。いますぐ俺から離れろ!」
「それは難しい注文です」

残念ながら、せっかくの欲しい物を手放すほど、僕は馬鹿でも純粋でもありませんので。
ただ僕は兄様の陶磁器のような肌に吸い付きたいとか、赤く熟れたような唇に噛み付きたいとか、あわよくば処女を奪ってやりたいだとか、そういう単純窮まりない幼稚な発想に駆られたまでだった。はずなのだけれど。
触れてみて初めてわかった兄様の体は思っていた以上に脆弱で、僕がいいようにしたら壊れちゃうんじゃないかという不安を連想させた。もしかしたら今すぐにも粉々に砕け散ってしまうんじゃないか、と。だから僕は兄様の両手首を押さえ付けたまま身動きがとれないでいた。この心境、かなりもどかしい。兄様は僕のこの気持ちを理解してくれるだろうか?無理ですよね、冗談です。

しばらくの停戦状態。僕はこれみよがしに兄様を端から端までじっくり観察したのだけれど、どうやらその美しさは壊れ安さから来ているのだと気がついた。やはり傷つけてはならない。僕はそっと腕を掴む力を、兄様が逃げない程度に弱くした。すると兄様は益々苦虫を噛み締めるような顔をする。(まあ、そんな顔すら様になるのだけど。)

「お前のソレは何なんだ」

苦虫を噛み潰したような兄様はそう吐き捨てた。はて、ソレとは?

「お前、言動と顔が一致してねえんだよ。だいたい俺をこうやって抑えつけようとする奴はもっとギラギラした独占欲に埋もれてんのにさぁ。お前は、どうしてそんな顔をする?」

なんと!兄様を無理矢理に辱めようとした奴が僕の他にもいたのですか!これはいけません、そんなことを許してしまえば兄様の脆弱な体はいつか崩れてしまうじゃないですか!僕のように、兄様を深く思う気持ちがなければそんなことは断じてしてらならないんです!‥‥‥で、何の話でしたっけ?

「俺とまお前は、兄弟だ。兄と、弟だ。それ以上はないんだ」

そんなこと言われたって僕は兄様のことを愛しているのですよ。兄様を僕以上に愛している奴なんているはずがありませんし、もう兄弟とかそんなこと無視したっていいじゃないですか。キスは諦めてあげましょう。兄様が壊れてしまったら元も子もないですからね。

「僕にはきっと、兄様をありとあらゆるものから守る義務があると思うんです。そのためにはずっとずぅーっと、一緒いなくちゃいけませんよね?」

ええ、それが最適かつ最善の選択です。兄様への愛で、この僕に敵うものなんて金輪際ありえませんから!

「じゃあ、お前が言う『愛情』とやらはどこから来るんだ?」

そりゃあもちろん‥‥‥‥‥‥


「あ、」



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