∴苺のジャムも食べられない嘘吐きが!



「入れすぎだ」

私が声を出せば、健康的な褐色の指がピタリと動きを止めた。けれどそれもほんの一瞬のことで、またすぐにゆるゆると腕を伸ばしてはまるで何事もなかったかのように角砂糖を一つ指の間に挟む。真白い正方形は褐色によく栄えていた。

「俺が苦いの苦手なの知ってるくせにコーヒー出すお前が悪い。それにまだ五個しか入れてねえし」
「生憎、ここにはジュースなどお子様臭い物は置いていないからな。それと五という数は十分に多過ぎることを覚えておけ」
「へーい」

ぽちゃん。アリトが六個目の砂糖をコーヒーカップに落とした。跳ねたコーヒーが机を汚したのに不快になったけれど、すぐにティッシュペーパーに拭き取られて跡形もなくなったシミは怒れるには足りない。行き場を失った不快感が私の体の中をぐるぐると迷走して、最後には溜め息になってこぼれ落ちた。「陰気くさ」クルクルとスプーンでカップを掻き混ぜながら、しかしそれを飲もうとはしないアリトがボソリと言う。一体誰のせいだと思っているのやら。いつか零れてしまいそうなコーヒーの渦にハラハしながら、そこから目を反らす理由作りのために無糖のコーヒーに口をつけた。
まだ熱くて苦くいコーヒーは喉を通り過ぎるときにヒリリとした痛みを伴って胃の中に下降して行く。これが心地好いというのに、このお子様め。積み上がっていたはずの砂糖の山はもう半分と残っていない。

「でも律儀だよな」
「何、が」
「お前いつも砂糖なんか入れないんだろ?それなのに、」

ちゃあんと用意してくれちゃってさ。何がおかしいのかアリトがクツクツと笑い声を立て、そしてまた一つコーヒーに白を浮かべる。スプーンに掻き混ぜられてすぐに見えなくなった砂糖を無視して私はコーヒーを一口煽った。甘くはなかった。

「どこぞの甘党が急に訪ねて来たら困るからな」

それにお前も、この家に甘い物はないと知ってやって来るのだからおあいこだろう。

「‥‥‥かもな」

少し不機嫌になったアリトが一つ角砂糖を摘むと、自分のではなく私のカップにそれ落とした。すでに半分ほどしか残っていないコーヒーに砂糖はなかなか溶けなくて、けれど完全に溶けきるのを待つのはなんだかもどかしく感じられたから、まだ白いのがチラホラ浮かぶまま茶色を飲み込んだ。角砂糖一つを溶かし混んだコーヒーは喉にべたべたと甘ったるいのをなすりつけて胃の中に下降して行く。

「お味は?」
「甘い」
「そりゃよかった」

言って、アリトが何倍もの砂糖を溶かしたカップを一気に煽る。きっと何倍も甘ったるいはずのコーヒーは、一口も手をつけられていなかったはずなのにあっという間にアリトの中へ。

「にがっ」



title:白猫と珈琲

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