∴君には骨がある、僕には骨がない



どうして自分は人間に生まれることができなかったのか。俺の全身をくまなく流れている真っ赤な血液も、それを勢いよく押し出す生命の中心である心臓も、全てが虚像に過ぎないこの体。そのくせして左手首を押さえればトクトクと規則正しく脈打つのがわかるし、頬を抓れば当然のごとく痛い。脳みそだって偽物のはずなのに喜怒哀楽を感じ取ってみたり、果ては恋までしてみせる。もしかして、こんなふうにぐずぐずと胸の奥が燻っているのも人間特有の性質なのだろうか。だったらちょっとだけ嬉しいかもしれない。我ながら随分弱っちい。
考えれば考えるほどに自分が何者なのか、なんでこの世界に存在しているのかがわからなくなって、頭を掻きむしっては痛覚を刺激して愉悦を得る自身は最早マゾヒストだ。それが気持ち悪いことだってことぐらいは俺だって気づけるから、俺は自身を攻撃し始めたら考え方を放棄するように努めていた。じゃあな、バイバイ、二度と来るな。それなのに堂々巡りは止まんない。

「遊馬ぁ」
「なんだアリトぉ」

意味もなく、互いの名前を呼び合ってみた。双方の口から弱々しく吐き出された腑抜けた母音が空気中に霧散して、消える。特にそれを惜しむようなことはしないけれど、また訪れた静寂がもどかしくて俺達はキスをした。所謂恋仲という奴だった。赤い唇は、その色に見合う熱量をもっていて、その度に人間の唇とやらは温かいものだと気づかされるのが嫌で、でも好きな奴とキスをするということは純粋に嬉しくって、好きと嫌いがぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて自分が今どちらに傾いているのかすらわからない。胃はムカムカして吐き気すら催しそうになっているというのに、下半身はじんと痺れてもっともっとと求めていく。ああ、最悪だ。

「好きだ」
「俺も」
「‥‥‥やっぱ嫌い」
「そっか」

ぐずぐずする燻りが大きくなって俺の体を蝕んだ。犬と猫が愛し合うことがないように、自分は遊馬と愛し合うことはできないのだ。互いが互いを好きであると明白であるにも関わらず、相思相愛のハッピーエンドはやって来ない。それは禁忌だ。

「『生まれ変わったら〜になりたい』ってやつ、異世界人にも通用するのか?」
「そんなこと知らねえよ。お仲間に聞いてみれば?一蹴されそうだけど」
「ははっ、お前わかってんじゃねーか」

握った手は温かい。やはり彼はどうしようもなく人間だった。それが悲しくって悲しくって、ついに耐え切れなくなった俺は人間のように涙を流す他なかった。



title:joy

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