∴苦しみを聞いておくれ



「お前が泣き苦しむ様を見たかった」

「それはまた、随分と高尚な欲望だね」

「お前の顔が苦痛に歪むのを嘲笑ってやりたかった」

ぎちり、テーピングを巻いていない真太郎の白くて細い指が、僕の喉へと食い込んだ。どうやらさっきから少しだけ息が苦しいかもしれないと感じていたのはこの所為のせいだったらしい。水の中の魚になったような気分だ。でも、とてもとても残念なことに僕は息をする必要がないんだよ、真太郎。僕は笑った。僕は嬉しかった。僕の体に真太郎の大事な指先が触れていることが、僕の体に真太郎が自らの印を残してくれることが。きっと今僕の体にある真っ赤な真っ赤な真太郎は時と共にくすんだ紫色になって、一生僕と共に生きるだろう。僕の体の一部として、これから何十年と、何万年と共に生きるのだろう。ああ!それの何て素晴らしいこと!僕は真太郎に、緑間に向かってにっこりと微笑んだ。

「どう、満足かい?」

「満足なものか。お前は笑っているではないか」

「人間は嬉しくなったら笑うものさ。自然の摂理だよ」

「駄目だ。駄目だ駄目だ駄目駄目駄目。もっと‥‥‥もっともっと」

そう、強く、強く強く俺を抱きしめて。その真っ白に汚れた指で俺を抱きしめて。そしたら、逃がしはしない。今度こそ、逃がしはしない。運命という言葉を知ってるかい?知ってるね、君の好きな言葉の一つだ。じゃあその運命の端がどこだか知ってるかい?知らないだろうね。いいよ、教えてあげる。俺だよ、緑間、お前の運命は俺から伸びている。どうだい、俺が自意識過剰のトチ狂った人間に見えてくるかい?‥‥‥偉いね、流石は緑間だ。これが青峰や黄瀬だったら宇宙人に会ったような顔をするだろうからね。ああ、ごめん。気を悪くしたなら謝るよ。ところで、何の話をしていたんだっけ?そうだ、運命だったね。そう、緑間、君の運命は則ち俺の運命だ。青峰も、黄瀬も、紫原も、黒子だって俺の運命だ。君は頭がいい、だから俺が言いたいこともわかるだろう。物分かりのいい子は好きだよ。だからね、もう、逃がしはしないよ。

「五月蝿い、俺は、お前を、」

「どうだい?苦しいかい?俺の痛みは則ち君の痛みだ。俺にも少しは教えておくれ、喉が潰れるのは一体どんな感触なのか、自由に息を吸えないのはどれだけの苦痛なのか、殺したくても殺せないもどかしさとか。俺には何一つわからないんだ。お願いだ、緑間、俺にも教えておくれ。僕は、俺は、人間は、一体何なのか。君は何なのか」

「俺は、お前を殺さなくてはならない。それが、運命だ。お前の運命で、俺の運命だ」

「そうか、ありがとう」

ごぽごぽ、水の中に酸素を吐き出した。それを緑間が飲む、皆が、飲む。俺が吐き出すのをやめれば、皆、死ぬ。全てがそういう仕組みだった。俺の酸素の残量は一体あとどれくらいだろうか。



title:へそ

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