∴一緒に生きる喜びを噛み締めて涙した



「セト‥‥‥だよね?」

うん、そう。目の前にいるのは決して見間違えることなんてありえない大切な大切な人。でも違う人だった。いや、正確には"今の彼"とは違う人だった。私と同じくらいの目線にある透き通るように真っ黒な双眸に向かって、半信半疑の問いを投げる。

「う〜ん、俺もなんでこうなったのか全然わかんないんすよねー」

イマイチ答えになっていないような声は私と同じくらいかそれ以上に高かい。でもそれで、ああ彼だ、って納得することができた。忘れもしない、彼の声だった。

「体調悪かったりしない!?」
「心配しなくても大丈夫っすよ!でもやっぱ慣れないっすねー、俺ってこんな小さかったんすか?」

小さくなったセトが目の上に手を当てて、キョロキョロといつもと違う視界に目を這わせた。背だけじゃない、髪型も声も、何もかもがあの日の再現のようだった。あ、でも口調は変わってないや。頼もしいんだけど、ついつい笑ってしまいそうになるこの喋り方は変わっていない。突飛な出来事には慣れっこのはずなのに目を白黒させずにはいられなかった。なんだか色んなことが混ざり合って、ちょっとだけ寂しくて、ちょっとだけ嬉しかった。

「マリーはそのままっすね!」
「あ、うん‥‥‥」
「どうかしたんすか?」
「ううん、何でもないよ」

なんだか、やなことを思い出してしまった。セトは知っているのかな、私が歳を取らないってこと。"人間じゃない"私は人間が死んでゆくのを何度か見たことがある。よぼよぼの老いぼれになって、静かに心臓を止めていった。そうやって、人間は死んでいく。だけど私にとってそれは恐怖を倍増させるだけであって、皆いつかは死ぬんだ、なんて人間のように覚悟をすることはできない。急に震え出した私を見て、小さくなったセトが「マリー大丈夫っすか!?」ってあの頃の声で、あの頃みたいに大袈裟になって私を抱きしめてくれた。まだ小さい体はいつものように私全体を包み込むことはできないけれど、昔に戻ることが出来たみたいで安心して、逆に涙がポロポロと溢れ出した。

「ま、マリーってば本当にどうしたんすか!!!」
「‥‥‥セト、ずっとちっちゃいままでいて‥‥‥」
「へっ?」
「死んじゃやだよぉ‥‥‥」

えぐえぐ涙を流しながら、セトに無理難題なお願いする。でもそうすれば、セトだって歳を取らなければ私とずっと一緒にいられるって、まるで小さな子供みたいな思考で私はえぐえぐと泣いている。呆れられちゃうかな、嫌だな、でも泣き止めないんだ。だからさ、セト。私の涙を止めて。お願い。一生のお願いってこういう時に使うんだっけ?わかんないや。もう何にもわかんないや。

「‥‥‥大丈夫っすよ、マリーのためならずっと小さいままでいるから」
「セト‥‥‥」
「だから笑って欲しいっす。マリーは笑顔が一番可愛いんだから」

セトが私の涙を指で掬ってくれる。それでもなぜか涙は止まらなかったけれど、あれ、これ何て言うんだっけ?嬉し涙?なんだかとっても心がほっこりしてきて、私、セトが好きでよかったってハッキリ思えた。小さくったって、大きくったって、セトは変わらないセトのままでいてくれる。無限に変化を続けるこの世界の中で、変わらないでいてくれる。それが堪らなく嬉しくて、やっぱり涙が止まらなかった。私と同じ大きさの手の平が、私の頭をわしゃわしゃと行き来した。一度流れ出した涙って、意外と止めるのが大変なんだって気づいた。だけども、とっても暖かい涙だった。こんな涙だったら、たまには流してもいいかな、って思った。



title:自慰

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