∴血のつながっているだけの誰か



ドアを軽くノックしてノブを回します。ギギ‥‥と少し軋んだドアの音が耳に障りました。

「W兄様、お食事の準備が出来ました」
「ん、」

W兄様のお部屋はその乱暴な性格からは想像もできないほど簡素で清潔が保たれています。デッキが散らばっているだけで最低限の家具で彩られたお部屋からは人間が生活しているという気配が非常に希薄に感じられます。だからでしょうか、一人机に座るW兄様からはこちらが少し怖じけづくほどの生が僕を圧倒するのです。まるで僕を押さえ付けるように、それは僕には決してないものでした。

「また、気に入らないのですか」
「ああ」

生返事しか返ってこないのは床に散らかったカードがその訳を教えてくれます。W兄様は、自分がアジアチャンピオンであることに並ならぬ誇りを持っていました。そのプライドを傷つけられるものなら烈火の如く怒りに震え、何が何でもその相手を打ちのめさないと気が済まないでしょう。

そんなW兄様を、僕はずっと慕っていました。崩壊された僕の日常。それでもW兄様は僕の傍にいてくれたのです。身寄りもなく、そして消極的で力もなかった僕はW兄様に頼るしかありませんでした。それでもW兄様はそんな情けない僕を無下に扱うことはありませんでした。優しいW兄様を、僕だけは知っています。

「お料理が冷たくなってしまう前には食べてくださいね」

返事はありません、いつものことです。そして僕がW兄様の部屋から静かに出ていくのが決まりでした。

W兄様は家族が揃うことを嫌いました。トロンとV兄様に顔を合わせたくないそうです。

「あんなの家族じゃねえ」

何時だかにこう吐き捨てていたこともあります。

W兄様はデュエル以外に対しても非常にストイックです。変わってしまった父さん、その父さんに忠誠を誓い自ら操り駒役に徹するV兄様のことを、W兄様は許せないのでしょう。もちろん僕はずっとW兄様と一緒に居たのですから、W兄様から見れば変わった所などないでしょう。W兄様と僕達一家を繋ぐ唯一の手段が僕でした。
僕はそれに自惚れてしまいそうになります。まるで僕だけがW兄様に許されているように錯覚してしまうのです。僕はW兄様にとって唯一なのだと。
でも、よくよく考えてみれば僕はあっても無くてもいい存在でした。言い換えれば、僕である必要性がないのです。トロンとV兄様でなければ誰だっていいのです。けれど、憎まれる役は決まっています。それはトロンとV兄様でなければならないのです。代わりは居ません。W兄様はきっと僕なんかよりもずっとずっとあの二人に強い感情を持っています。たとえそれが憎悪だったとしても、W兄様の意識の中に常に居ることが出来るのです。羨ましい。そう思ってしまう僕がいます。

自惚れてしまいそうになる度にそれを思い出してはヒリヒリと身が焼けるようでした。僕はなんて醜い子なのだろうか、と。それに僕は、W兄様への思いがただの思慕ではないことにもう気づいています。W兄様がそれを知れば、W兄様は僕をも気持ち悪いと言って嫌うでしょう。W兄様は僕達家族と一切の関係を持たない赤の他人になってしまうでしょう。こんな僕を、W兄様は知りません。W兄様の知らない僕がここにいるのです。もしかしたら、この家族で一番変わってしまったのはトロンでも、V兄様でもなく僕なのかも知れません。それを、W兄様は知る由もありません。またいつものように、デッキの編集をしているのです。

「‥‥‥失礼しました」

頭の中をゴチャゴチャと掻き混ぜながらW兄様のお部屋を後にします。別に珍しいことではありません。こんなことを考えるのも、毎日変わらない、いつものことでした。



title:joy

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