∴まだ眠れない
いない。誰もいない。ガランとした空気は重く冷たい。Wはイライラしながら自室のドアを蹴り開けた。でもそこにはろくに眠りもしないベッドが数日前起きたときのままぐちゃぐちゃになって放置されているだけで、それだけが人が住んでいる気配を放つ唯一のものだった。
「チッ‥‥‥」
舌打ちをした所で何かが変わる訳ではないことぐらいWは知っている。それでもこの館には少なくともWを含めて4人は住んでいるはずである。弟のことを考えようとしてWはやめた。今はそんなことを心配している暇はない。
「オイ、V!」
しかし、VがいないとしてもVがいるはずである。自分はあまり兄にいい感情を持ってはいないがそれでもこの嫌気が指す状況はWを何故か不安にさせた。
「V!どっかにいるんだろ!」
無駄に広い屋敷の廊下を叫びながらやや駆け足で通り抜けていく。普段通りであれば「五月蝿い」などと言う叱咤が飛んでくるはずだった。しかし廊下にはWの声しかこだましない。
「残念だけど、Vはいないよ」
ようやく自身以外の声が廊下に響いた。小さい子供特有のハスキーボイスは紛れも無くWでも、Vでも、Vでもない、この屋敷のもう一人の住人のものだ。
「トロン‥‥‥」
「やあW、調子はどうだい?」
トロンは仮面のまま、小さく手を上げた。トロンの行動は一々Wのカンに障る。それでも兄弟の行方を知っているのは今この男しかいないのだ。
「‥‥‥Vはどうした」
「ま、Vと同じだね。必要無くなっちゃったからさ」
Wの頭にVの姿が浮かぶ。生きているのか、それとも死んでいるのかすらわからない白い肌は思い出すだけでWの肌に鳥肌を立てた。自分の中の血が今すぐにでもコイツを殴りたいと騒ぎ立てる。
「テメェ‥‥‥」
「おやおや?僕に逆らうのかい?それじゃあ今すぐにでも兄弟揃ってお休みなさいの時間にしようかな?」
仮面越しに笑うトロンの言葉にWは目の前の奴を殴るために構えた拳をゆっくりと下ろした。今の自分に出来ることが何もないのが悔しかった。それでも自身の中をうごめく怒りを抑えることは出来ずに拳は小刻みに震えている。
「もっとも、君にはあまり期待はしてないんだけどね。それでも駒が多くて困ることはないし」
アッハッハッと高らかに笑い声を上げるトロンの横をWは黙って通り過ぎた。再び自分の兄弟達を探しにいくために。
「そんなことしたって無駄さ!せいぜい頑張ってね我が息子よ!」
Wの口の中に血の味が滲んだ。でもそれに構うことなくWは唇を噛み締めながら行く宛てもなく廊下を歩く。可愛い弟と優しい兄を探しに行くために。