∴駄目だよ、神様のせいにしちゃ
「神よ、どうか僕達をお助けください」
二つしかない掌を頑丈に組みながら、Vが今日もまた胸糞悪いセリフを誰もいない空に向かって吐いた。
「そんなもの信じて何が楽しいんだよ」
「楽しい、楽しくないの問題じゃありませんよ兄様。信じるか、信じないかの問題です」
「俺はそんな気持ち悪いもの信じないね」
「それは人それぞれです。でも信じている者には必ず神が幸福をくださるのですよ」
ニコリとVが、神だか何だかよくわからない奴のように、綺麗過ぎて見ていて逆に気持ち悪くなってくるような笑顔を作る。
「ケッ、胸糞悪い。だいたいそんな神様とやらを信じたって何も変わらねえじゃねえか。幸せを勝ち取りたいんなら、自力で手に入れるしかねえ」
「兄様はそのような考えなのですね。兄様らしいです」
わざとVのことを否定してもVはまったく気にならないとでも言うように微笑みを崩さない。そこにいるのは確かにVのはずなのに、何処か赤の他人のように感じられた。果たして、俺の弟はこんな奴だっただろうか。
「オイ、V。そんな‥‥‥」
「兄様は僕にこう言いたいのでしょう?『そんなつまらない信仰はやめろ』、と」
俺が言いたかったことを先回りするかのようにVに口にされて無性に腹がたった。VにもVの言う神とやらにも。
「おい、そんな神様なんて必要ないだろ?」
「それは兄様の話に過ぎません。兄様には必要なかったとしても、僕には必要だったのです。どんなに兄様が僕にやめさせようとしても僕は神を信じ続けるでしょう」
なんでVはそんな奴を信じるなんて決めたんだ。俺は神なんて信じない。だってそうだろ?
「オイV、俺達をこんな不幸な目に合わせたのも神様だってことを忘れたのか?」
誰がどう見たって俺達は幸福とは程遠い。Vの持論を借りてこれを説明すればこの状況を作り出したのも神であって、神が俺達を不幸になるように仕向けたことになる。だから俺は俺達を絶望に突き落とした神を絶対に信じないし絶対に許さない。それはVも同じことじゃないのか?
「確かに、僕達はとても不幸な人間に分類されるでしょう。でも、人には決められた運命があり僕達はその運命の流れるがままに流されただけなのですよ。この運命を少しでも幸せの方向へ流してもらうために僕は神に祈るのです」
糞ッ、ああ言えばこう言う口を持ちやがって。コイツこんな奴だったか?
「神の仰せの通り道にしていれば、必ず僕達は幸せですよ」
コイツはVじゃない。Vの皮を被った化け物だ。
「オイ、テメェはそんなくだらないものに縋るほど弱かったのかよ」
「縋っているのではありません。ただ信じているだけです」
「だからそれが弱いってことだろ!」
「兄様がそう思うなら兄様の中の僕は弱いのでしょうね」
「恥ずかしくねえのかよ!」
堪らなくなってVの胸倉を掴み上げた。それでもVは何食わぬ顔でただ俺をまるで憐れんでいるかのように見ているだけだった。それは殴ったり何だりしたら変わるような物には見えなかったし、俺だってVを殴りたくなんてない。完全に八方塞がりで成す術なしに見えて唇を噛んだ。その時、一つの考えが浮かんだ。どうやら八方の内の一方くらいはヒビが入っていたらしい。
だから俺は、その能面を被ったかのようなVの唇にキスをした。
初めてVの体が強張った。開いた目でVの顔を見れば驚きと恐怖が入り混じったような、初めて人間らしい顔を見せていた。
それに構うことなくVの固く閉じた口を強引に開いて舌を侵入させる。ぐちゃぐちゃとわざと唾液の混ざる音をたてながら口内を凌辱すれば激しい抵抗を見せた。最後に激しく舌を絡めた後に唇を放せば、明らかな怒りを滲ませたVが俺を睨みつける。俺の唾液がVの顔でヌラヌラと光っているのが嫌らしかった。
「兄様‥‥‥!」
「やっぱり、男同士でしかも兄弟同士なんて禁忌なんだろ?」
ギリギリと音が聞こえそうな程にVが歯軋りをした。
「ほら、これで神様はお前を守ってくれないぜ?だから早く俺の方に戻ってこいよ」
「僕は‥‥僕は‥‥‥」
これでお前は神を裏切った。だからV、早く俺の知ってる、あのまだ俺達が幸せだったころのVに戻ってくれよ!
「‥‥‥‥‥‥神は、信じていれば僕達を救ってくれる」
オイ糞神、Vを返せよ。