∴Because I love you.



衝動の後、一抹の後悔。ばくばくと五月蝿く唸る心臓は全身に張り巡らされた血管に過剰なほど圧力を加え、多分そのせいだろう、フルマラソンでも走ってきたみたいに息が上がって喉が苦しくて肝心の頭には血が登りやしない。気休めに爪が食い込むほどに掌を握り締めてみても何も現状は変わらなかった。そんな散々に散々を重ねたような俺を真下から見上げる人間の口元が弧を描いたのに気づいても、もう遅い。

「へぇ、先輩、興奮してるんだ」

はっきりゆっくりと、滑舌良く発音された一字一句が俺の頭にぐあんと強烈な一打を噛ます。じっとりと冷たい汗が背中を流れていくのが気持ち悪かった。頭の中で反響を重ねて徐々に大きくなっていく声は、外から内から俺を奈落の底に落とそうと張り切っている。早く何か言わないと。そんな思考とは裏腹に口からこぼれるのはシーオーツーを多めに含んだ無色透明の気体ばかりで、意味のある音は勿論うわごとすら飛び出すのを躊躇っているようだった。この木偶の坊が。そんな野次は自分を惨めにさせるだけだった。そろそろ握り締めたままの掌が痛い。

「先輩どうしたの?早く何か言ってよ。ほら、こういう時、言わなきゃいけないことがあるでしょ?」

気持ち悪い。そりゃあもう、このまま死ぬんじゃないかってくらいには。見下ろした顔に描かれた弧はまだ消えてなくて、それを見るたびに動悸は速くなって息切れも激しくなる。いよいよ酸素を吸うのも儘ならなくなってきた。気持ち悪くて、苦しい。馬鹿みたいだ。俺はコイツを一体どうしたいのか。ぐるぐるぐるぐる回る頭の中に答えはあるのか。

「あのね、先輩。おれ、先輩ならいいよ。キスだって、それ以上だって、先輩となら気持ち悪いとか思わないから。先輩のこと、好きだから」

苦しい。息が吸えない。掌を握り締める力も無くなって、爪痕を残して開いていく両手の間に収まる頭は微動だにせず真っ直ぐに俺を射ぬいていた。生意気なヤツ。でももう限界で、苦しくて気持ち悪くて耐えられなくて、それ以外どうしようも無くて仕方ないから、俺はクソ生意気なコイツの酸素を奪うために唇を重ねて、それから、


title:魔女

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