∴つめたくなった憧れが、やけにざらりとした感触であなたと背骨をふるわせるので



結局のところ、僕は君が羨ましかったのかもしれない。君はそれはそれはもう救いようがない程情けなく、時たまに社会のゴミとまで称される肩書きをいくつも背負っているような人間だったけれど、それを臆面もなく晒しては笑ったり笑われたりする様はどこか僕が求めていたものを体現しているような気さえしたんだ。一緒に笑っているフリをしながら楽しそうだなあと羨望の眼差しを向けていたことを僕以外は誰一人として知らなかっただろう。そしてそれがいつしか羨望から嫉妬と呼んだ方がふさわしい物になったとき、僕は思ったんだ。あ、これダメかもしれないって。どうやらその予感は当たってしまったらしい。

貧弱そうな君はその見た目に相反することなくとてもひ弱で、中身の抜けたマトリョーシカをコツンと一回突いたみたいに倒れた体はその顔に驚きを隠してはいなかった。身長の関係で普段なら見上げないとよく見えないはずの顔を見下げるのはなんだか新鮮な感覚だ。僕が何事もないようにそこに座り込むと君はぐえと変な音を出して呻く。いくら僕が小柄な体格に分類される人間だったとしても、脂肪も筋肉も無い体には相当な負荷がかかっているはずだとのんびり考えた。もしかしたら骨が折れちゃうかもしれない。その前に内臓がやられるのだろうか。そこまで思って、僕は考えるのをやめた。きっと人の体の不思議については僕なんかよりもよっぽど君の方が詳しいだろう。

大分落ち着いたらしい君は、今度はぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。その言葉の八割は「降りろ」で残りは上手く聞き取れなかったけれど多分似たようなことを言っているのだろう。正直に言うと、どうでもいいことばかりだった。だからなのか、それとも他に理由があったのかは当の僕自身にもわからないことだけれど、僕はその時手持ち無沙汰な両手を眺めてから、ふと思い立ってその両手を君の首にえいと押し付けてみた。絞めるんじゃなくてただ押し付けるだけ。それでも君は本当に苦しそうにひゅうと呼吸の意味が無いような音を立てて苦しそうに呻く。だから僕はもう少し力を込めようとして、体重を全て自分の両腕に乗せようとしたんだけど、気がついたらいつの間にか背中が床と仲良くしていた。それから君にいつもよりもずっとギラギラした目で見下ろされていて、それで自分が君の上から振り落とされたって気付いたんだけど、まるで野良猫の威嚇のように息を荒くする君は僕の目にはやたら醜い物に写っていて、失望したような安心したようなそんな矛盾を孕んだ感情が僕の中をぐるぐると回り始めたような気がしなくもない。

「‥‥‥なんか言うことないのかよ」
「へ?あぁ、ごめんね。苦しい思いさせちゃって」
「‥‥‥何がしたかった」

声色は低いけれど、全然落ち着いている声じゃなかった。いや、多分本人的には落ち着けようと努力してるんだろうけどもちっとも隠せてない。それがやっぱりどうしても人間臭くって、どうしても僕には真似できないことだった。何故だろう。押さえつけたのは君の首のはずなのに、今僕はとても苦しいんだ。

「そうだね。もしかしたら君のことが好きなのかも。‥‥‥大丈夫、冗談だよ」

だから今はこんな嘘で許してほしい。いつか僕が人間じゃなくなったなら、君を殺してその皮を被ろうと思ってるんだ。ねえ、それって、とっても素敵なことでしょ?


title:白猫と珈琲

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