∴私という名の何か



「おい女王。お前はこの世界を疑問に思ったことはないのか?」

真っ白の中にぽっかりと二つの穴が空いていて、そこに真っ赤なペンキでも流し込んだような赤色をした眼球が一回こちらに傾いて、そしてまた明後日の方向を向いた。俺の話などまるで興味がないようにその目は焦点を合わせずぼーっとしていて、 まるでここには自分一人しか居ませんよとでも言いたげな態度だ。これはつまり、無視、ということだろうか。気分がいいものではなかったが、俺はとても寛大な心の持ち主なのでこの傍若無人な女王の我が儘は気にしないフリをして話を続ける。

「人間と化物が共存する世界。強さのカーストで言えば俺達化物の方が圧倒的に、人間なんかよりもよっぽど上に存在しているはずだ。だってそうだろ?人間の命なんて俺達からすれば瞬きをする間に消えていくものなのに、そんなガラクタにすがり付いては愛だ正義だと喚きたてる。正に理解不能。多分この先永遠に分かることはないだろうな。

それなのに、だ。俺達はまるで存在しない物のように扱われる。おとぎ話とやらの中に閉じ込めてよ。てめぇらなんかよりよっぽど長く生きてよっぽど強くてよっぽど賢い俺達はなんとこの世にいないんだって、言われて、頭にこないわけないよな。お花畑な脳ミソであははははって笑われて、これ以上ない屈辱だよ。なあ女王、お前だってそう思ったことがあるだろ?」

女王の真ん丸い目ん玉がぎょろりと回転して、今度こそハッキリと俺の真っ黒な姿をその真っ赤なペンキの中に写した。ちょうどそれは血のようで、その中央立っている俺はまるであの日の再現のようだと一人内心でほくそ笑む。女王はそんな俺の気など知らずに一文字に結んでいた唇を僅かながらに開いて短く息を吐いた。それが溜め息なのか牽制なのかは俺の知ったことじゃない。

「‥‥‥私は化物じゃない」
「おいおい。まさか自己否定を始めるとか聞いてないぞ。それともあれか?よっぽどのバカなのか?」
「うるさい。黙っていて」

真っ赤な目玉が睨むように、というか実際睨んでるんだろうけど、俺のことを真っ直ぐに真っ直ぐに抉るように写した。おお、こわいこわい。

「‥‥‥みんなが言ってくれたの。私は化物なんかじゃないって。みんなとおなじだって」
「お前まさか社交辞令っていう言葉すら知らないのか?そんなの嘘に決まってるじゃねえか。誰だって化物の機嫌は損ねたくはないだろ?」
「あなたには‥‥‥!」

真っ直ぐに射ぬかれた血溜まりのような赤の中に俺はもう写っていなかった。その代わりに、映画のフィルムのようにそこに次々と写し出されるのは、あの、忌々しい、人間共。

(化物に成りきれなかった中途半端な奴ら。自分達を可哀想な子供に見繕って、一人じゃすぐ野垂れ死ぬから群れるしか脳のない奴ら。馬鹿みたいに騒いで、笑って、泣いて、それがとんでもなくウザかったから消してやったっていうのに。いつまでも目障りなんだよ、クソが。)

「‥‥‥あなたには、きっと、この先一生わからないことだから。私が死んで、人類が滅亡して、地球がなくなったって、絶対にわからない。ずっと先の未来で頭を抱えているのが似合ってるよ」

赤色に写し出されたソレが微笑んでいた。あの忌々しい名前で俺を呼びながら。


title:joy

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