∴どくどく、真っ赤な花束



傷つけようだなんて思ってなかった。
ただいつものように喧嘩をして、それが段々激しくなって、歯止めが効かなくなったときにはもう視界に広がるのは赤色。俺の前には苦しそうに顔を歪めるエドワード 。俺の手には少し錆びついたハサミ。少しばかり混乱した頭にそんな視覚的情報が何の感情も無しに機械的に雪崩れ込んできて、余計な混乱が生まれる。ハサミ、エドワード、赤。それらのキーワードを繋げればあっという間に答えにたどり着けるはずなのに、わざとらしく思考は遮断されていて、それでも伝わる理由のわからない恐怖にガタガタと足は情けなく震える。

エドワードの右腕からタラタラと流れるアレは何だ?真紅と形容するには少しばかり黒ずんでいて、鼻に刺すツンとした鉄の匂いが特徴的な、何か。
(何か?バカ言え、わかってるくせに)
自分の頭の中でのせめぎ合い。そんな俺の目の前でエドワードといえば俺を殺さんばかり目をくれている。内と外。一辺に責め立てられたって、そうそう簡単に言葉が出てきてくれるなんてことはないんだ。やめてくれよと言ったところで何も変わってくれやしない。どうやらハサミが赤茶けているのは錆びのせいだけではないらしい。

「‥‥‥痛い」
「医務室、」
「別にいい」

振り払われた手は拒絶の意を示す。そんな当たり前のことわかるなって言う方が無理だ。そんな些細なことで酷く狼狽する姿はさぞかし滑稽なことだろう。グリグリと抉るようにして、心臓?脳?別にどっちでもいいや。グサリ、何かが突き刺さった。

「‥‥‥すまねぇ」
「わざとじゃないのはわかってる。謝んな、気持ち悪い」

目すら合わせてくれないのにそんな優しいことよく言えたもんだ。そうやって自分を棚にあげる自分に嫌悪。嫌悪に嫌悪を塗り重ねて、ほら、本心がどこにあるのかもわからない。悪循環だ。
赤黒い血液はまだ奴の腕を緩やかに這っている。白い肌に赤。眩しいコントラストが網膜を刺激して、現実を叩き込む。紛れもなく自分がつけた傷痕。「大したことはないさ、だから心配するなって」彼はまだ後ろを向いたままで強がりとも正論ともとれるようなことを言う。何かを言わなければと思ったが、何も思い付かなかった。苦し紛れに吐き出されるのは空気ばかりで、そんなものじゃエドワードを引き留めるだなんてできやしなくて、ただハサミを握ったまま立ち尽くした。

やがて彼は部屋を出ていった。追いかけることはしなかった。自分の中を蠢く曖昧な感情に折り合いをつけられずにハサミを強く握る。痛かった。手を開くと少しばかり赤く滲んでいるような気がした。



title:塩

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