∴summer



「暑いねぇ」

茹だるような晴天の日だった。隣でパタパタと下敷きをうちわ代わりにするアヤノが暑い暑いと連呼している。そういえば今日は今年一番の猛暑日だとかなんとか天気予報が伝えていたような気がした。予報をピタリと当てたのは褒めるけれど、それが無性に恨めしいと思ってしまうのはこの状況下では自然の摂理と言っても間違いはないだろう。

「ねぇシンタロー、アイス買おうよ」
「勉強はどうした」
「どうせあんまり進まないんだから、ちょっとぐらい寄り道したって変わらないよ」
「お前やる気あるのか?」

宿題教えてと電話越しに泣きつかれたのが昨日の夜。頬杖ついてネサフしていたら、滅多に鳴らないはずのケータイの着信音がヴーヴーと呻き声にも似た音を上げるから何だと思ってみれば真っ先に情けない声が鼓膜をついたのだ。

「助けてよシンタロー!」
「はぁ?何を」
「何って夏休みの宿題に決まってるじゃん!あと一週間しかないんだよ!?」
「父親はどーした」
「もちろん聞いたんだけど宿題にもがき苦しむのも青春の内だって取り合ってくれなかった」
「はぁ‥‥‥」

へぇ、あの変人教師もちゃらんぽらんしてるように見せて意外とそうでもないんだな、なんて考えたりする少しの間にも「一生のお願いだから」とか「もうシンタローしか頼める人がいない」とか、信頼されてるんだかされてないんだかよくわからない言葉がズラズラと並べられる。

「だからお願いシンタロー!」
「あー、もうわかったわかった。やりゃあいいんだろやりゃあ。それで何が終わってないんだよ?」
「ホント!?ありがとう!えーっとね、たしか数学と英語と古典と科学!」
「全部じゃねえか」
「失礼な!読書感想文は書いたよ!」

呆れた。でも予想の範疇だったのが悲しい所だ。まあオレもすでに全ての宿題を夏休み開始一週間で終わらしてしまったものだから暇で暇でしょうがないのは事実だったわけで、つまり面倒臭いが断る理由もないので流されるまま承諾したと表現するのが最も正しい気がする。結局その電話は翌日の昼過ぎに図書館へ行くと約束をして切られたわけだけども、もしこの時のオレに盲点があるとすれば天気を確認しなかったということだろうか。

「あーつーいー」
「気持ちはわかるけどうるせえ。暑い暑い言ったところで涼しくなるわけじゃねえし」
「そんなのは重々承知だよ。だからさー、アイス買おうよ」
「あーもうわかった行く行く。その代わりすぐ決めろよ」
「ラジャ!」

ニカッと笑って敬礼もどきをするアヤノを眺めながら現金な奴だなと一人ごちる。そんなオレもさっきよりは確実に大きめの歩幅で歩いてるわけだから人のことなんていえないが。「アイスーアイスー」だなんて下手くそなメロディにのせた鼻歌を歌うアヤノと一緒に待ち合わせの交差点から図書館までの間に無駄に思えるほど沢山あるコンビニの内の一つの自動ドアをくぐる。途端冷房が茹だった熱気に溶けかけていた皮膚を突き刺した。これを天国と呼ばずして何と呼べばいいのかわからないほどの心地好さ。さすがは人類最大の味方、コンビニエンスストアだ。何となくこいつらが町に溢れかえる理由がわかった気がした。
でもそんな感慨はほどほどにしておいて、アヤノに手を引かれるままアイスコーナーに向かう。狭い店内の一角にどどんと腰を構えるそこには、現代人の多種多様なニーズに応えるべく形、色、値段、全てがバラバラな何種類ものアイスが犇めきあっていた。あれこれと指をさ迷わせるアヤノを尻目に、かの有名な安い棒アイスを一本引っ張り出してレジへ向かう。それを見て慌てたらしいアヤノが握って飲むやつを持ってオレの後ろにピタリと並んだ。まあさっき迷ってた中にダッツも含まれてたことを考えると大分無難な選択肢だと思う。小銭だけで会計を済ませ、後ろのアヤノが支払いを終えるのを待ってコンビニを出た途端に襲ってくる熱気にどっと汗が吹き出した。ついでに飲み物も買っておけば良かったと少し後悔する。

「溶けちゃうのもやだしここで食べようよ」
「そうだな」

変な時間帯のせいでがら空きの駐車場の出っぱりに腰を下ろす。ズボンのポケットの中の財布がチャリンと音を立てた。反対側の出っぱりにアヤノも腰かけるのだけれど、その脇に置かれた多分勉強道具が入ってるだろうカバンを見て忘れかけていた今日の目的を思い出した。そうだ、コイツ課題ヤバイんじゃなかったっけか。そう考えると今こうしてアイスを頬張ってる暇なんてあるのかと疑問が湧いてくるが、当の本人がすっかり忘れてしまっているのと、何より目の前の欲望に勝てる訳がなくその欲望のままビリビリと袋を破った。かぶりつけば年中無休のソーダ味と冷たさが舌やら歯やらをキンキンと刺激する。夏じゃなかったならこんなの頭が痛くなるだけの厄介者なのに今だけはありがたられるんだからアイスからしたら夏様々と言ったところだろうか。このはた迷惑な暑さもアイスを味わえるという点だけでは褒めてやってもいい。

「生き返るねー」
「おう」
「ねぇ、ひとくち頂戴?」
「なんでだよ」
「この人ケチだ!いいもん、私のもあげないから」
「別に」
「酷い!」

普通女が口つけたやつをやすやすと食べれるかよという真っ当な理由は、持ち前のコミュ障のおかげでアイスと一緒に飲み込まれた。真横でぷりぷりするアヤノを放ってシャリとかじるスピードをあげれば買った時は大きいななんて思ってたサイズもあっという間に棒切れになる。そこに刻まれた「ハズレ」の文字に少し落胆して、そそくさとコンビニ横に設置されたゴミ箱に捨てに行ったら、アヤノが投げたゴミが脳天を直撃した。

「あっ」
「『あっ』じゃねーよ。野球じゃないんだし入るわけないだろ」
「ごめんごめん。でもさ、なんか投げたくなるじゃん」
「ならねーよ」

ついでにアヤノの投げたゴミも拾ってゴミ箱に放り込む。辛うじてまだ冷えていたプラスチックゴミが手を離れてそこを中心にモワモワと夏が自己主張を始めた。そうだ、アイスを食おうが冷えピタを貼ろうが氷水に腕を突っ込もうがそこから夏は消えてくれないんだった。炎天下、寂しい駐車場、二人きり。容赦ない夏が俺達を包み込んでいた。

「あつ‥‥‥」
「本当にねー。でも悪いことばかりじゃないんじゃない?」
「アイス美味しいとか?」
「海にも行けるしね!」
「そういやお前、焼けた?」
「気づくの遅い!」

先週海行ってきたんだー、なんて笑顔を転がして嬉しそうに喋るのは多分今日と同じくらい糞暑かった日のことらしい。でも彼女の口からこぼれる「楽しかった」の尋常じゃない数に苦笑しながら太陽を仰いだ。「ねえ聞いてる?」「聞いてるって」そんな応答を随所に挟む内にも夏が俺達を押し潰そうとしてるのが感じられた。でもそんな夏が輝いて見えるのはなんでだろうなと、アヤノを見ながら思う。あらかた話したいこともなくなったようで、彼女が口を閉ざしたころにはシャツに汗は滲んでアイスの面影なんて何処かに消えていた。

「さ、帰ろシンタロー」
「え?」

そう言って、何事もなかったかのようにさっき来た道を折り返そうとする背中に間抜けな母音をぶつけたら、アヤノは心底不思議そうに振り替える。さてはコイツ、完全に忘れてやがるな。腕にかけられたスクールバッグが寂しげに揺れていた。

「お前宿題はどうした?」
「へ?‥‥‥あ、そうだ!宿題!終わんないんだった!」
「バカか」
「ば、バカじゃないよ!ちょっと忘れただけじゃん!」
「そういうのをバカって言うんだよ」

アヤノを置いてきぼりにして図書館の方へ歩き出せば、後ろから走って追いついたアヤノがシンタローはどーたらこーたらと文句を言ってきているけれど無視してたら頭を叩かれた。何気に今日二度目じゃないか。

「もう、早く図書館行こう!」
「そうだな。ただしそっちの道じゃないけど」
「急いでるんだから道間違えるくらい普通するよ!」
「しねーよ」

どうやら、炎天下の道のりはもう少し続くようだった。


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