∴雨抜かり
「雨の日って、嫌いなんだ」
何となくそう言ったらシンタロー君は一瞬だけ僕のほうを向いてキョトンという顔をした。相変わらずのアホ面だ。
「そうか?」
「そりゃ君みたいな引きこもりには雨が降ろうが雷が鳴ろうが吹雪が吹こうが関係ないだろうけど。まぁなんて言うか、強いて言うなら気分の問題?」
「悪かったな。引きこもってて」
土砂降りの雨がコンクリートを打ち付ける音がとてもうるさい。雨が入らないようにと閉めきった窓と湿気のおかげで部屋の中はこれでもかというほどむわんと熱気にまみれていた。背中を伝う汗が気持ち悪い。シンタロー君はそんな外の様子に焦ることもせず携帯を弄っている。これが夕立であるということ、いつも彼を困らせる存在のエネちゃんがキドの携帯に出張していることが恐らく彼の余裕に繋がるのだろう。でもそんなの僕には関係ないわけで、そして僕は今大層な不快感に苛まれている。同じ部屋にいるのにこうも感覚がずれてるのって不公平だとは思わない?つまり何が言いたいかって僕がエネちゃんの役を引き受けようということだ。
「だから外行こうよ」
「おい待て、果てしない矛盾を感じるのは俺だけか?」
「うん。だってここには僕と君しかいないんだから」
「そこじゃねえよ。さっきお前雨嫌いだって、」
「嫌いだよ」
でも暑いんだもの。そう言えばシンタロー君は「一人で行っとけ」と犬でも追い払うみたいに手首を振った。まったく酷いなぁ。でも予想通り過ぎてちょっと笑える。
「ねぇねぇ、近くのコンビニ行くだけだからさぁ」
「傘持ってきてねえよ」
「マリーの使えば?花柄の可愛いやつ」
「死んでもごめんだね」
「あは、ごめんごめん。冗談だよ」
なんか睨まれたから手を振って誤魔化しておいた。冗談の通じないお堅い頭だなあなんて言ってやれば「お前が言うと冗談に聞こえない」だって。誉め言葉って解釈でいいのかな?あはは。
あーあ、雨音がうるっさいなぁ。正直な所、僕が雨のこと嫌いな理由って八割五分はこの騒音のせいなんだよね。いちいち神経を引っ掻いてくるようなこの音、もうほんとうざったい。イライラする。ねぇシンタロー君、こうやって君と会話するのも一苦労なんだ。分かる?だから道連れさせてよ。
「どーせすぐ止むだろ」
「そうと言わずにさぁ。ほら、水も滴るいい男って言うじゃん?」
「濡らす気満々かよ」
「あ、バレた?」
クスクス、そうやって笑ってみせるけどそれすら雑音の中に紛れるようで。シンタロー君を引っ張り出そうにもどっかり人ん家に腰を下ろす彼は立ち上がろうともしてくれない。別に団員であるシンタロー君がアジトに堂々と居座ることに関する不満はないんだけど、そんなことにすら苛立ちを覚えるとはやっぱり雨って最悪だ。
「マリーじゃなくてセトの傘さしていいからさぁ、行こうよぉ」
「いい加減にしろよ」
「そんなぁ、シンタロー君のけちんぼー」
「お前なぁ‥‥‥。それに、もう止みそうだぞ?」
シンタロー君に合わせて窓の外を覗けば確かに降ってるのか降ってないのかわからないような小雨が水滴越しに見える。代わりに屋根に貯まった雨が競争でもしてるみたいに一斉に移動しているのが聞こえた。うるさい、でもこのまますんなりと止まれるのもなんか癪だ。一方的にイライラを蓄積させては何事もなかったかのように去るのはいい加減やめてもらいたかった。ついでにシンタロー君のドヤ顔も非常にうざったいのでやめていただきたい。そこで僕はしばらく頭を捻らせてから携帯を開いた。なんでって?そりゃあキドにメールしてエネちゃんを呼び出すために決まってるじゃん!
title:へそ