∴低温火傷になってしまっても構わない



マリーちゃんは冷たい。性格じゃなくて体温そのものが。氷に浸してたんじゃないかと疑うほどにヒヤリとした手はいつも私をドキリとさせた。手だけじゃない。抱き締めた時の死人のような温度に冷や汗は止まってくれないし、泣きそうにすらなる。けれど、拙いながらもぎゅうと抱き締め返してくれる彼女のことを私は好きだった。

「寒くないの?」

重ねた氷のような手は私のよりほんの少しだけ小さい。マリーちゃんはキョトリとした目で二回瞬きをするとその小さな手を私から離した。途端、熱気が指に絡み付いてくる。

「今夏だよ?」
「あ、うん。‥‥‥ごめんね、変なこと聞いちゃった」

私の返答に何を思ったのか、マリーちゃんは立ち上がるとビルに囲まれてるせいでろくに風が吹き込まない窓を静かに閉めた。おかげで混ざり合えない七月の熱気と彼女の冷気がぐちゃぐちゃと飛び散るのが加速したような気がする。心地悪い。けれどそれを少しでも口にすれば彼女はきっと泣きそうな顔をしてごめんねを繰り返すことだろうから、私はそっと自分のパーカーのチャックを開けた。

特にやることも話すこともなくて、ただぼんやりと不思議な空気の中を漂っているような雰囲気に浸る。マリーちゃんもおんなじように何をするでもなくぼっとしているようだった。私はそっとマリーちゃんの手を引いて、ちょうど自分の胸に彼女の頭がくるように抱き寄せた。ヒヤリとした感覚が腕全体に広がって鳥肌がたつ。いつまでたってもこの感覚には慣れることができない。

死んでしまいそうな彼女の温度に、私は知らず知らずの内に腕に籠める力を強めてしまったらしい。「モモちゃん、苦しいよ」そう言ってトントンと私の背を叩くマリーちゃんを慌てて解放した。

「ご、ごめんね!その、苦しかったよね?」
「どうしたのモモちゃん。今日何だかおかしいよ」
「んーと、あー‥‥‥そ、そうだ!アイス持ってくるね!ちょっと待ってて!」
「別にいらな、」

私はマリーちゃんの言葉を全部聞くことなく部屋を出た。熱気が足に、首にからみついている。とりわけ彼女を抱き締めていた腕はその温度差に汗を滲ませていた。そうだ、アイス。目的、というか言い訳を思い出した私はふらふらとした足取りで冷蔵庫へと向かう。炎天下のコンクリートを通学出勤する学生やサラリーマンと同じ歩幅だった。パーカーに腕を擦り付けて汗を拭う。

「えーっと、コーラと‥‥‥バニラでいっか」

手に取ったアイスはバカみたいに冷たくて、私の手のひらの感覚神経を容赦なく突き刺す。その感覚に眉をしかめていたら、ピロリロと冷蔵庫が早く閉めろと歌うのが聞こえて私はようやく冷凍庫の蓋を閉めた。キッチンの熱気と冷凍庫からの冷気が絡みあって 気持ちが悪い。暑いのか寒いのかよくわからない心地は結局あの部屋と何も変わるものはなかった。私はプラスチックスプーンを引っ付かんで、アイスが溶けないようにと早足に冷蔵庫から立ち去る。

「はい、これアイス」
「ありがと‥‥‥」

部屋に戻った私はカップのアイスとプラスチックスプーンをマリーちゃんに渡して自分の棒アイスのパッケージをビリビリと破いた。茶色の棒にかぶりつくと歯がキンキンして頭もボーッとする気がするけれど、気を紛らすのにはこれぐらいが丁度いい。シャリ、と一口、また一口と食べていくうちにアイスはすっかり棒だけになってしまった。マリーちゃんを見ればまだ半分にもいってない。彼女は小さな口を動かしながらバニラの固まりをのろのろと運んでいる。カップのアイスはもう少しだけ溶け始めていて、縁に沿って液体へと姿を変えていた。もしかしたら今は彼女よりもアイスの方が温かいんじゃないだろうか。私の手もアイスのおかげで一旦は彼女と同じ温度になったのだろうけど、首に当てたらあっという間に蒸発してしまったから、もうとっくに暑かった。

「暑いね」
「うん」
「溶けそうだよ」
「うん」

だから私は彼女が溶けて蒸発して消えてなくなってしまうことが怖い。怖いから、ずっと抱き締めて、溶けてしまったら飲み込んで、気体になってしまったら大きく大きく息を吸ってやろうと思った。それで私が凍えるなら、それはきっと本望だ。



title:白猫と珈琲


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