∴哀しみをガーデンへ



初めて訪れたその家は、まるでおとぎ話の中からそのまんま飛び出してきたように可愛らしいのに、それを押し潰そうとするほどの異常な悲しみをもってそこに佇んでいた。前日には雨が降っていたようで、家全体を覆うツタから涙のような露が落ちる。代わりに泣いているみたいだ、と思った。今はなき、この家の住人の代わりに。

「あのね、お友達を連れてきたの」

少女が話し掛けたのはそんな家から少し外れた所にある、彼女と同じような真っ白でできた背の低い石だった。墓石、なのだろう。日本に住んでいてはあまり見掛けない西洋風のその石の下に、彼女の母親が、もしかしたら父親も眠っているのだと思うと、自分の場違いさが浮き彫りにされて居心地が悪い気がした。

「あ、あのっ、初めまして!如月モモと言います!アイドルやってます!」
「フフ、そんな緊張しなくてもいいよ」

ついついいつもの調子で職業交えの自己紹介をしてみても、ここは森の中。普段なら歓声の一つや二つが飛んでもおかしくないはずなのにマリーちゃんの小さく笑う声しか聞こえないだなんて、聖域にでも迷いこんだみたいだ。というか、そもそも彼女の母親は「アイドル」だなんて言葉を知っているのだろうか。だっておとぎ話にアイドルは必要ない。

しばらくの沈黙を置いた後、彼女が一輪の真っ白な花をそっと置いたのに続いて、私も手に持っていた花束をそっと手向ける。道中の花屋で急いで買ったそれは私の焦りと店員の勘違いでお祝い用にラッピングされていて、真っ白に彩られた中で赤だの黄だのをコミカルに散漫させていた。流石の私も申し訳なく思って、同じく道中何度も彼女に謝ったのだけれど、彼女は「気にしなくても大丈夫だよ」の一点張り。それじゃあ自分が本当に許されたのかが不安でしょうがなかったが、どうやら彼女はそんな馬鹿馬鹿しい花束など眼中にないようだった。白い石をぼんやりと見つめて佇む白い少女はやはり、おとぎ話の住人のようだった。

「ねぇ、マリーちゃん。私本当についてきて良かったのかな‥‥‥」
「モモちゃんが気にやむことはないよ。‥‥‥それに、頼んだのは私だもん。お友達、早く紹介したかったから」

その薄い桃色の目にはお母さんに今日の出来事を報告しては頭を撫でてもらいたいと願うような、はっきりとした子供が滲んでいた。けれど何故だろう。今の彼女は子供というよりは年老いた老婆と言う方がしっくりくる。

「‥‥‥おやすみなさい」

呟いた彼女の目から、ついぞ涙がこぼれることはなかった。ただいつもよりやつれているようだった。泣くことにすら疲れてしまったのだろうか。もしかしたら、彼女が今まで流した涙でこの地面は湿っているのではないだろうか。そんなことすら考えもした。
対する私は突っ立ったままで何もしないまま、出来ないまま、結局彼女が「帰ろう」と声を出すまで彼女の目前の墓石そっくりに硬直する他なかったのだ。



title:へそ


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